・・・折角の読者の感興をぶち壊すようなものじゃありませんか? この小品が雑誌に載るのだったら、是非とも末段だけは削って貰います。小説家 まだ最後ではないのです。もう少し後があるのですから、まあ、我慢して聞いて下さい。 × ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・すると微醺を帯びた父は彼の芸術的感興をも物質的欲望と解釈したのであろう。象牙の箸をとり上げたと思うと、わざと彼の鼻の上へ醤油の匂のする刺身を出した。彼は勿論一口に食った。それから感謝の意を表するため、こう父へ話しかけた。「さっきはよその・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・なんのかわったところもないこの原のながめが、どうして私の感興を引いたかはしらないが、私にはこの高原の、ことに薄曇りのした静寂がなんとなくうれしかった。 工場 黄色い硫化水素の煙が霧のようにもやもやしている。その中に職・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・そうして自己独得の芸術的感興を表現することに全精力を傾倒するところの人だ。もし、現在の作家の中に、例を引いてみるならば、泉鏡花氏のごときがその人ではないだろうか。第二の人は、芸術と自分の実生活との間に、思いをさまよわせずにはいられないたちの・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・予もただ舟足の尾をかえりみ、水の色を注意して、頭を空に感興にふけっている。老爺は突然先生とよんだ。かれはいかに予を観察して先生というのか、予は思わず微笑した。かれは、なおかわいらしき笑いを顔にたたえて話をはじめたのである。「先生さまなど・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・意表外の構作が読者を煙に巻いて迷眩酔倒せしめたので、私の如きも読まない前に美妙や学海翁から散々褒めちぎって聴かされていたためかして、読んだ時は面白さに浮れて夢中となったが、その面白味は手品を見るような感興で胸に響くものはなかった。が、『風流・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・奇怪な事件が重なり合っているような場合であっても見ている時は成程、其れによって、いろ/\なことを想像したりまた感興を惹かれたりしても、一たび外に出て冷やかな空気に触れゝば、つい、今しがた見たことが夢のように、もっと其れよりは淡い印象しか頭に・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・ 主義、主張と、芸術品を製作する時との感興は別でなければならぬ。製作家が感興に満ちていなければ、作品に光の出る理由がない。製作家の頭が活々として、真に感じ、真に動かされた事実であったなら、たとえ技巧が拙であっても尚お、輝きと、此の若やか・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・ 幾本目かの銚子を空にして、尚頻りに盃を動かしていた彼は、時々無感興な眼附きを、踊り子の方へと向けていたが、「そうだ! 俺には全く、悉くが無感興、無感激の状態なんだな……」斯う自分に呟いた。 幾年か前、彼がまだ独りでいて、斯うした場・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ それは彼のなかに残っている古い生活の感興にすぎなかった。やがて自分は来なくなるだろう。堯は重い疲労とともにそれを感じた。 彼が部屋で感覚する夜は、昨夜も一昨夜もおそらくは明晩もない、病院の廊下のように長く続いた夜だった。そこでは古・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫