・・・のみならず尊い天使や聖徒は、夢ともうつつともつかない中に、しばしば彼等を慰めに来た。殊にそういう幸福は、一番おぎんに恵まれたらしい。おぎんはさん・じょあん・ばちすたが、大きい両手のひらに、蝗を沢山掬い上げながら、食えと云う所を見た事がある。・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・お前たちがこの書き物を読んで、私の思想の未熟で頑固なのを嗤う間にも、私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。だからこの書き物を私はお前たちにあてて書く。 お前たちは去年・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・奥さんもこんな風に自ら慰めて見て、深い溜息を衝いた。 夫を門の戸まで送り出すとき、奥さんはやっと大オペラ座の切符を貰っていた事を思い出して臆病げにこう云った。「あなた、あの切符は返してしまいましょうかねえ。」「なぜ。こんな事を済・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・意志薄弱なる空想家、自己および自己の生活を厳粛なる理性の判断から回避している卑怯者、劣敗者の心を筆にし口にしてわずかに慰めている臆病者、暇ある時に玩具を弄ぶような心をもって詩を書きかつ読むいわゆる愛詩家、および自己の神経組織の不健全なことを・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ さては、暗の中に暗をかさねて目を塞いだため、脳に方角を失ったのであろうと、まず慰めながら、居直って、今まで前にしたと反対の側を、衝と今度は腕を差出すようにしたが、それも手ばかり。 はッと俯向き、両方へ、前後に肩を分けたけれども、ざ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・今の自分はただただ自分を悔い、自分を痛め、自分を損じ苦しめるのが、いくらか自分を慰めるのである。今の自分には、哲学や宗教やはことごとく余裕のある人どもの慰み物としか思えない。自分もいままではどうかすると、哲学とか宗教とかいって、自分を欺き人・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・の名が引き合いに出されるが、僕自身の不平があったり、苦痛があったり、寂しみを感じていたりする時などには子供のある妻はほとんど何の慰めにもならない。一体、わが国の婦人は、外国婦人などと違い、子供を持つと、その精魂をその方にばかり傾けて、亭主と・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・で冤を雪がれた井伊直弼の亡霊がお礼心に沼南夫人の孤閨の無聊を慰めに夜な夜な通うというような擽ぐったい記事が載っていた。今なら女優を想わしめるジャラクラした沼南夫人が長い留守中の孤独に堪えられなかったというは、さもありそうな気もするが、マサカ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・階の欄干に出て、このよい音色に耳を傾けたときには、ああやはりいまごろは、あの青い時計台の下で、あの親孝行の娘らが、ああして、ピアノを鳴らしたり、歌をうたったり、マンドリンを弾いたりして、年老った父親を慰めているのだろうと思いました。そして、・・・ 小川未明 「青い時計台」
出典:青空文庫