・・・しかしそれは一個の自己陶酔、自己慰藉にすぎないことを知った。 ただし第三階級に踏みとどまらざるをえないにしても、そこにはおのずからまた二つの態度が考えられる。踏みとどまる以上は、極力その階級を擁護するために力を尽くすか、またはそうはしな・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ 永久なる眠りも冷酷なる静かさも、なおこのままわが目にとどめ置くことができるならば、千重の嘆きに幾分の慰藉はあるわけなれど、残酷にして浅薄な人間は、それらの希望に何の工夫を費さない。 どんなに深く愛する人でも、どんなに重く敬する人で・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・愚かなことでしょうがこの場合お前さんに民子の話を聞いて貰うのが何よりの慰藉に思われますから、年がいもないこと申す様だが、どうぞ聞いて下さい」 お祖母さんがまた話を続ける身を責めて泣かれるのも、その筈であった。僕は、「お祖母さん、よく・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ことにお千代は極端に同情し母にも口説き自分の夫にも口説きしてひそかに慰藉の法を講じた。自ら進んで省作との間に文通も取り次ぎ、時には二人を逢わせる工夫もしてやった。 おとよはどんな悲しい事があっても、つらい事があっても、省作の便りを見、ま・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神の約束の書である、而して神の約束は主として来世に係わる約束である、聖書は約束附きの奨励である、慰藉である、警告である、人はイエスの山上・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・此人生や自然はどんな人にも感激を与え慰藉を与えまた苦痛や悲嘆を与えている。そうして瞬時も人間にその姿の全体を掴ませない。然しその中には何か知ら我々を引摺って行く所の力がある。それは即ち現実そのものに外ならない。我々が永久に此の現実を究めつく・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・身を切るような風吹きて霙降る夜の、まだ宵ながら餅屋ではいつもよりも早く閉めて、幸衛門は酒一口飲めぬ身の慰藉なく堅い男ゆえ炬燵へ潜って寝そべるほどの楽もせず火鉢を控えて厳然と座り、煙草を吹かしながらしきりに首をひねるは句を案ずるなりけり。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 文士筆を揮ふは、猶武人の剣を揮ふが如く、猶、農夫の※内に耕すもの、農夫の家国に対する義務ならば、文士紙を展べて軍民を慰藉するもの、亦必ず文士の家国に対する義務ならざるべからず。たとへ一概に然かく云ふこと能はざるまでも、戦時に於ける文士・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 古本を猟ることはこの節彼が見つけた慰藉の一つであった。これ程費用が少くて快楽の多いものはなかろう、とは持論である。その日も例のように錦町から小川町の通りへ出た。そこここと尋ねあぐんで、やがてぶらぶら裏神保町まで歩いて行くと、軒を並べた・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・人の話に依りますと、ユーゴー、バルザックほどの大家でも、すべて女性の保護と慰藉のおかげで、数多い傑作をものしたのだそうです。私も貴下を、及ばずながらお助けする事に覚悟をきめました。どうか、しっかりやって下さい。時々お手紙を差し上げます。貴下・・・ 太宰治 「恥」
出典:青空文庫