・・・その席上で幣原首相は、私も自分の利益のために粘っているのではない、国を憂えることは諸君と同じだが、方法が違う、と意見を披瀝しはじめたら、傍から楢橋書記翰長が、なお言をつごうとする首相に「『ストップ』と命じ、首相にこれ以上の発言を許さなかった・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・ それらの子供たちが、一年東京に働いた後に健康を害する率の多いことは、既に一般から重大な関心をもって視られているし、工場や雇われ先での明け暮れに稚い若い心の糧の欠乏していることの害悪も、やはり人々を憂えさせている事実である。 昭和十四・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・然し、憤ってではなく、憂えてではなくすべてのものを愛して――i・e、子供のように種々なものを、よろこび、好奇を持ち手にふれ、ほぐし、あらためて又組たてたくて、書くのではないか。一つ一つ新らしい現象を究める毎に・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・それと同じように、余所目には痩せて血色の悪い秀麿が、自己の力を知覚していて、脳髄が医者の謂う無動作性萎縮に陥いらねば好いがと憂えている。そして思量の体操をする積りで、哲学の本なんぞを読み耽っているのである。お母あ様程には、秀麿の健康状態に就・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・姉は胸に秘密を蓄え、弟は憂えばかりを抱いているので、とかく受け応えが出来ずに、話は水が砂に沁み込むようにとぎれてしまう。 去年柴を苅った木立ちのほとりに来たので、厨子王は足を駐めた。「ねえさん。ここらで苅るのです」「まあ、もっと高い・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・君は衣食の闕乏を憂えない。君は性慾を制している。君は尋常の徼幸者とは違う。君はとにかくえらいと、私は思った。そこで初め君との間に保留して置いた距離が次第に短縮するのを、私は妨げようとはしなかった。私の鑑識は或は錯っていたかも知れない。しかし・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・この種の心持ちがしばしば他人の製作に対して起こっているのではないかと、自分を憂えないではいられない。愛なき批評を呪うようになった私には、もはや気軽に他人を非難する度胸がなくなった。八 ショオとドストイェフスキイとに一種の類似・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫