・・・但し記者が此不和不順を始めとして、以下憤怒怨恨誹謗嫉妬等、あらん限りの悪事を書並べて婦人固有の敗徳としたるは、其婦人が仮令い之を外面に顕わさゞるも、心中深き処に何か不平を含み、時として之を言行に洩らすことありとて、其心事微妙の辺を推察したる・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その第一例なる衣裳を汚したる方は、何ほどか母に面倒を掛けあるいは損害を蒙らしむることあれば、憤怒の情に堪えかねて前後の考えもなく覚えず知らず叱り附くることならん。また第二の方は、さまで面倒もなく損害もなき故、何となく子供の痛みを憐れみ、かつ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・は云々、とて、互に竊に疑うこともあり憤ることもありて、多年苦々しき有様なりしかども、天下一般、分を守るの教を重んじ、事々物々秩序を存して動かすべからざるの時勢なれば、ただその時勢に制せられて平生の疑念憤怒を外形に発すること能わず、或は忘るる・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ エム・オー・エス・ペー・エス劇場では二日の晩に「憤怒」を上演した。 五ヵ年計画が実施されるにつれソヴェトではだんだん劇場の上演目録も変った。 古典的なオペラ・バレーを演じている国立オペラ舞踊劇場でさえ「蹴球選手」という五ヵ年計・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ モスクワ地方労働組合ソヴェトの名によって劇場で上演され大好評だった「憤怒」。ワフタンゴフ劇場で出した「前衛」。どれもこれも、農村の集団化に際しての労働者農民の結合的活動とともに、旧勢力の罪悪を被うところなく摘発している。 映画「大・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・一九三三年と云えば、プロレタリア文化運動に集注破壊の向けられた年で、小林多喜二の虐殺は、ファシズム権力の兇猛さで、国内にも国外にも心からの憤怒をよびおこした。が、その一面プロレタリア文化団体は、小林多喜二の死によってうけた震撼と恐慌によって・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・』 かあいそうに老人は、憤怒と恐怖とで呼吸をつまらした。『そんな嘘が、そんな嘘が――正直ものを誣るような、そんな嘘が言えるものなら!』 かれは十分弁解した、かれは信ぜられなかった。 かれはマランダンと立ち合わされた。マランダ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・そうして、悲しむべき事を悲しまず、偉大な者にひざまずかず、畢竟人類の努力に対して没交渉であろうとする彼らの態度に、抑え難き憤怒を感じます。しかもこのような人がいかに多いことでしょう。彼らの前には偉大な芸術も思想も味なき塩と異ならないのです。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・人および物に対する同情と理解との欠乏は、自分の心の全面に嘲笑と憤怒とを漲らしめた。人に頼ることを恥じるとともに、人に活らき掛けることをも好まなかった。孤立が誇りであった。友情は愛ではなくてただ退屈しのぎの交際であった。関係はただ自分の興味を・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・熱情、愛、痛苦、憤怒など先生の露骨に現わすことを好まないものが。そうして人々は談笑の間に黙々としてこの中心の重大な意味を受け取るのである。先生がその愛する者に対する愛の発表はおもにこれであった。四 ――先生は「人間」を愛した・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫