・・・こう云うゲエムの莫迦莫迦しさに憤慨を禁じ得ないものはさっさと埒外に歩み去るが好い。自殺も亦確かに一便法である。しかし人生の競技場に踏み止まりたいと思うものは創痍を恐れずに闘わなければならぬ。 又 人生は一箱のマッチに似て・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そうして、その先に立って、赤木君が、しきりに何か憤慨している。聞いてみると、誰かが、受付係は葬儀のすむまで、受付に残っていなければならんと言ったのだそうである。至極もっともな憤慨だから、僕もさっそくこれに雷同した。そうして皆で、受付を閉じて・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ 憤慨と、軽侮と、怨恨とを満たしたる、視線の赴くところ、麹町一番町英国公使館の土塀のあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行く。その光は暗夜に怪獣の眼のごとし。 二 公使館のあたりを行くその怪獣・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・寧ろ文人としては社会から無能者扱いを受けるのを当然の事として、残念とも思わず、憤慨するものも無かった。 今より十七八年前、誰やらが『我は小説家たるを栄とす』と放言した時、頻りに其の意気の壮んなるに感嘆されたが、此の放言が壮語として聞かれ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・私は憤慨して、何が時局的に不都合であるか、むしろ人間の頭を一定の型に限定してしまおうとする精神こそ不都合ではないか、しかし言っておくが、髪の型は変えることが出来ても、頭の型まで変えられぬぞと言ってやろうと思ったが、ふと鏡にうつった呉服屋の番・・・ 織田作之助 「髪」
・・・入山は憤慨して帰ってしまった。 入山が帰って間もなく、幾子は、「あたし、あなたに折入って話したいことがあるんだけど……。その辺一緒に歩いて下さらない」 耳の附根まで赧くなった。彼は入山のいないことが残念だった。二人で「カスタニエ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・それで今度のことでは、Yは僕のこともひどく憤慨してるそうだよ。……小田のような貧乏人から、香奠なんか貰うことになったのも、皆なKのせいだというんでね。かと云って、まさか僕に鉄唖鈴を喰わせる訳にも行かなかったろうからね。何しろ今の娑婆というも・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と、私は笹川への憤慨を土井に言わずにはいられなかった。「しかしまあそう憤慨したところで、しかたがないよ。とにかく僕はこれから会場へ行ってみて、誰か来てるだろうから様子を聞いた上で、僕も出席するしないを決めるつもりだから。そして僕も出席す・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 耕吉は酒でも飲むと、細君に向って継母への不平やら、継母へ頭のあがらぬらしい老父への憤慨やらを口汚なく洩らすことがあった。細君は今さらならぬ耕吉の、その日本じゅうにもないいい継母だと思っていたという迂愚さ加減を冷笑した。そして「私なんか・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・滑稽な話だけど、なんだかその窓口へ立つのが癪で憤慨していると、Oがまたその中へ入ってもう一つの窓口を占領してしまった。……どうだその夢は」「それからどうするんだ」「いかにも君らしいね……いや、Oに占領しられるところは君らしいよ」・・・ 梶井基次郎 「雪後」
出典:青空文庫