・・・、色が浅黒くッて、頬髯が煩さそうに顔の半面を蔽って、ちょっと見ると恐ろしい容貌、若い女などは昼間出逢っても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず、眼には柔和なやさしいところがあって、絶えず何物をか見て憧れているかのように見えた。足のコンパス・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・愛のよろこびや美しい結合に憧れをめざまされるよりも先に、性交への好奇心が石盤刷りのようなあくどさで刺戟されてゆくのは、惨憺たることです。性には人格もあり個性もある。特に女性は人間的な要素が多い。その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおく・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・学生時代から貧乏のしどおしである日々の生活が安らかになるばかりでなく、科学者としてキュリー夫妻が永年の間憧れている設備のいい実験室さえ何の苦もなく持つことが出来るでしょう。それらのことは、彼等のこれまでの辛苦に対して当然のむくいではないので・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・しますのは、女の人に大変親切にする、強い者を挫き、弱い者をかばい助けるという精神によって貫かれたひとつの道徳でありますが、あなた方も、もし、そういうふうに、女の人に大変親切にやさしくやってくれたらと、憧れますでしょう。 この騎士道に一つ・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・見えないところでというのは、婦人雑誌の口絵などでは、やっぱり三面鏡のついた化粧台が若い女性の憧れの象徴のように出されたりしているのだから。 女が鏡に向うと誰でもいくらか表情をかえるのは面白いと思う。瞬間つい気取るようにして、眼のなかには・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・その愛と憧れによって彼等は勇気を与えられ、果敢であることができたのだった。一つの国が民主憲法をもち、民主的行政機構をもち、民主的労働組合と文化をもち、すべては民主的な表現で話されていて、内実は、ポツダム宣言の急速な裏切りと戦争挑発とファシズ・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ そして、彼が分別らしく又気弱く、自分たちのような不幸な少年は他の世界への憧れや冒険心などをすてる方がよいのだなどと云っている消極性をふりすてることを希う。自身の告白を、故国への誤った悪評の材料につかわれるような恥さらしをせずに、生き抜・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・〔欄外に〕母となる性の特質、男にある浄きものへの憧れ、女に娼婦型母型 二つあるように云うが、男の人の要求が大体その二つに別けられるので、女の方は、それと順応して、一方ずつの特性を強調するのではないの。 男は一人で二つ持つ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 今度の旅行では、永年心に印象され憧れの胚種となっていたそれ等自然の感銘の上に幾分豊富な芸術的知識を加え得た。精神の活々する実に楽しい旅であった。けれども、寺々を歩いているうちに、時々私の心持を陰気にさせる一つのものがあった。それは、仏・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ 悪霊のような煩悶や、懊悩のうちに埋没していた自分のほんとの生活、絶えず求め、絶えず憧れていた生活の正路が、今、この今ようやく自分に向って彼の美くしい、立派な姿を現わしたように思われていたのである。 彼女は、自分の願望を成就させるに・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫