・・・ 暑さに憩うだけだったら、清水にも瓜にも気兼のある、茶店の近所でなくっても、求むれば、別なる松の下蔭もあったろう。 渠はひもじい腹も、甘くなるまで、胸に秘めた思があった。 判官の人待石。 それは、その思を籠むる、宮殿の大なる・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・その後は、野にねたり、里に憩うたりして、路を聞きながらいったら、いつか故郷に帰れないこともあるまいと思いました。 ある日、娘は、聟や、家の人たちに、気づかれないように、ひそかに居間から抜け出たのであります。 川の流れているところまで・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・菅沼というにかかる頃、暑さ堪えがたければ、鍛冶する片手わざに菓子などならべて売れる家あるを見て立寄りて憩う。湯をと乞うに、主人の妻、少時待ちたまえ、今沸かしてまいらすべしとて真黒なる鉄瓶に水を汲み入るれば、心長き事かなと呆れて打まもるに、そ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・堀に沿うて牛が淵まで行って道端で憩うていると前を避難者が引切りなしに通る。実に色んな人が通る。五十恰好の女が一人大きな犬を一匹背中におぶって行く、風呂敷包一つ持っていない。浴衣が泥水でも浴びたかのように黄色く染まっている。多勢の人が見ている・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ 人丸山で三人はしばらく憩うた。「あすこの御馳走が一番ようおましゃろ」雪江は言っていた。 私たちは海の色が夕気づくころに、停車場を捜しあてて汽車に乗った。海岸の家へ帰りついたのは、もう夜であった。 私はその晩、彼らの家を・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・油屋という家に入りて憩う。信州の鯉はじめて膳に上る、果して何の祥にや。二時間眠りて、頭やや軽き心地す。次の汽車に乗ればさきに上野よりの車にて室を同うせし人々もここに乗りたり。中には百年も交りたるように親みあうも見えて、いとにがにがしき事に覚・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫