・・・フィクションを、この国には、いっそうその傾向が強いのではないかと思われるのであるが、どこの国の人でも、昔から、それを作者の醜聞として信じ込み、上品ぶって非難、憫笑する悪癖がある。たしかに、これは悪癖である。私は、いまにして思い当る。プウシュ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・と泥沼が、明確にえぐられて在るのだと、そう思ったら、かえって心が少しすがすがしく、爽やかに安心して、こんな醜い吹出物だらけのからだになっても、やっぱり何かと色気の多いおばあちゃん、と余裕を持って自身を憫笑したい気持も起り、再び本を読みつつけ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・かえりみて我が身の出処たる古学社会を見れば、その愚鈍暗黒なる、ともに語るに足るべき者なく、ひそかにこれを目下に見下して愍笑するのみ。その状、あたかも田舎漢が都会の住居に慣れて、故郷の事物を笑うものに異ならず。ますます洋学に固着してますます心・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・後進の社会に人物を出し、また故老の部分においても随分開明説を悦んで、その主義を事に施さんとする者あるは祝すべきに似たれども、開明の進歩と共に内行の不取締もまた同時に進歩し、この輩が不文野蛮と称して常に愍笑する所の封建時代にありても、決して許・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・アンの風俗が、女らしさの点でどんなに窮屈滑稽、そして女にとって悲しいものであったかということは、沢山の小説が描き出しているばかりでなく、今日ヴィクトーリアンという言葉そのものが、当時の女らしさの掟への憫笑を意味していることで十分に理解される・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・というのは、チェホフは、しまいにはいつだって、高みから見下したような憫笑で、諷刺の対象を許してしまっている。 下らぬもの、卑しいものに対して、勝利する新しい世界観というものを明瞭に把握してわれわれに示してはくれない。 そこに、彼の生・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ と、憫笑する人もあった。弟嫁は、まるい黒い瞳を見はって、それらの意見をきき、やっぱりそうなのねえ、と日頃良人である弟のことを信用しなおすのであった。 上落合に半年ばかり住んだことがあった。国民学校の真上の家で、家を見に行ったときは、学・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫