・・・もう一歩臆測を逞くするのは、善くない事だと云う心もちもある。が、兄が地方へ行って以来、ふとあの眼つきを思い出すと、洋一は兄の見ている母が、どうも彼の見ている母とは、違っていそうに思われるのだった。しかもそう云う気がし出したのには、もう一つ別・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・私はこんな臆測を代り代り逞くしながら、彼と釣りに行く約束があった事さえ忘れ果てて、かれこれ半月ばかりの間というものは、手紙こそ時には書きましたが、あれほどしばしば訪問した彼の大川端の邸宅にも、足踏さえしなくなってしまいました。ところがその半・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・人違などとは、迷惑至極な臆測じゃ。その証拠には、大目付の前へ出ても、修理は、時鳥がどうやら云うていたそうではないか。されば、時鳥じゃと思って、斬ったのかも知れぬ。」 芥川竜之介 「忠義」
・・・すると間もなく二葉亭は博士を訪うて、果して私が憶測した通りな心持を打明けて相談したので、「内田君も今来て君の心持は多分そうであろうと話した」と、坪内博士が一と言いうと直ぐ一転して「そんな事も考えたが実は猶だ決定したのではない」と打消し、そこ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その原因を臆測するにもまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないことになるのは当然のことなのだったが、しかしそんな状態にいる吉田にはそんな諦めがつくはずはなく・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・一つは原作者がこの小説を書くとき、たいへん疲れて居られたのではないかという臆測であります。人間は肉体の疲れたときには、人生に対して、また現実生活に対して、非常に不機嫌に、ぶあいそになるものであります。この「女の決闘」という小説の書き出しはど・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ただ人々の態度とおりおり聞こえる単語や、間投詞でおよその事件の推移を臆測し、そうして自分の頭の中の銀幕に自製のトーキー「東京の屋根の下」一巻を映写するのである。 それで「パリの屋根の下」の観客は、この東京の電車や四つ辻におけると同じよう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ところが必要な鎖の輪が欠けているために実際は関係のよくわからぬ事件が、史家の推定や臆測で結びつけられる場合が多いであろう。それでいわゆる歴史と称するものは、ほんとうの意味での記録としてずいぶんたより少ないものと考えられるのである。事がらがご・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ これはただ何の典拠のない私だけの臆測である。しかしそれはいずれにしても、今の苛立たしい世の中を今少し落着けて、人の心を今少し純な集中に導くためには、このような音楽も存外有効ではないだろうか。 こんな事を考えるともなく考えながら、私・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、私は当時の去来の頭の中にここに私の書いたこのとおりの心理過程が進行したのであろうと臆測するわけでは決してない。またこういう見方をする事がこの付け句の「鑑賞」の上に有利だというのでも毛頭ないのである。前にも断わったとおり「鑑賞の心理」・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫