・・・しかしながらこの意欲そのもの、すなわち生の実質にかかわりなく純粋に形式的に行為を決定するということは、実は非常に意味のあることであって、私見によれば、われわれはかくするときにのみ道徳的懐疑を免れ得るのである。行為の決定にあたって、ひとたびわ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・のみならず、かくまちまちな所説が各々真理を主張することが真理そのものの所在への懐疑に導くことはいつの時代でも同じことであった。あたかもソクラテスの年少時代のギリシアのような状態であった。実際それらの教団の中には理論のための理論をもてあそぶソ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・知識階級とは、この意味においては、永遠の懐疑の階級なのである。立命のためには知性そのものを超克しなくてはならぬ。知性を否定して端的に啓示そのものを受けいれねばならぬ。それは書物ではできない。その意味においては、弁証法的神学者がいうように、聖・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・老人はやはり懐疑者らしく逆せたような独言に耽っている。「馬鹿らしい。なんだって己はこの人達の跡にくっついて歩いているのだろう。なぜ耻かしいなんぞという気を持っているのだろう。なぜ息張っているのだろう。こんな身の上になったのは誰のせいか知らん・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・あなたはそれを、私たちよりも懐疑が少く、権威を以て大声で言い切っているだけでありました。もっともあなたのような表現の態度こそ貴重なものだということも私は忘れて居りません。あなたを、やはり立派だと思いました。あなたに限らず、あなたの時代の人た・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・弱い十兵衛は、いたずらに懐疑的だ。「なるべくなら、そんな横車なんか押さないほうがいいんじゃないかな。僕にはまだ十兵衛の資格はないし、下手に大久保なんかが飛び出したら、とんでもない事になりそうな気がするんだけど。」 生真面目で、癇癖の強い・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・絶対の孤独と一切の懐疑。口に出して言っては汚い! ニイチェやビロンや春夫よりも、モオパスサンやメリメや鴎外のほうがほんものらしく思えた。私は、五円の遊びに命を打ち込む。 私がカフェにはいっても、決して意気込んだ様子を見せなかった。遊び疲・・・ 太宰治 「逆行」
・・・前者は信仰的主観的であるが、後者は懐疑的客観的だからかもしれない。 芸術という料理の美味も時に人を酔わす、その酔わせる成分には前記の酒もあり、ニコチン、アトロピン、コカイン、モルフィンいろいろのものがあるようである。この成分によって芸術・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・このまとまらない考察の一つの収穫は、今まで自分など机上で考えていたような楽観的な科学的災害防止可能論に対する一抹の懐疑である。この疑いを解くべきかぎはまだ見つからない。これについて読者の示教を仰ぐことができれば幸いである。・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・これに関してはかえって地質学者の多くが懐疑的であるように見えるが、物理学者の目から見れば、この適用は、もし適当な注意のもとに行なわれさえすれば、むしろ当然の試みとして奨励遂行さるべきものと思われる。 地殻の皺曲や割れ目やすべり面の週期性・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
出典:青空文庫