・・・その火の勢が次第に強くなりて抑えきれぬために我が家まで焼くに至った。終には自分の身をも合せてその火中に投じた。世人は彼女を愚とも痴ともいうだろう。ある一派の倫理学者の如く行為の結果を以て善悪の標準とする者はお七を大悪人とも呼ぶであろう。この・・・ 正岡子規 「恋」
・・・その親がどのように自分たちの世代を熱心に善意をもって生きて、その子らのためにどんなより美しい、よりすこやかな社会の可能をひらいてやろうとして精励したか、我が家一つの狭い利己的な封鎖的な安泰の希願からどんなに広い、社会や、世界の生活への理解と・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・「小さいながらも愉しい我が家」という片隅の幸福が獲れなくなって既に久しいことであるが、今日から明日への若い人々は自分たちの愛を道傍の仮小舎でも出来るだけ活したいという気になっていると思う。そして、そのことのためには、愛が益々その智慧を深・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・そして、やっと出来上るから、仮令、一つの石を自分で運んだのではなくても、「我が家」と云う心的の繋が出来るのです。若し、真個に家につながる各々の心、記憶愛と云うものを感じ、尊むとすれば、現代の、多くの人々が新たな家に対すより、或は、もう少し濃・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・映画一つ見ても見方はいろいろでしょう、せんだってうち、評判のよかった映画で「我が家の楽園」がありましたね、御覧になりましたか。あれはアメリカの映画の中で家庭というものが、これ迄になかった見方で扱われていた一つの例ではないでしょうか。これまで・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ 敷金と、証文とをやり、八畳、六畳、三畳、三畳、台所、風呂場、其に十三四坪の小庭とが、我が家となったのである。 八月の二十八日から九月三日まで、Aは毎朝早くから、善さんと、新らしい家の掃除に出かけた。善さんと云うのは、出入りの請負の・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・その作品の中に生き、泣き、雪の中を這って殺された子供の死骸を我が家に引摺って来る母親の、肉体そのものの温かさ、重量、足音の裡に、彼女たちの心もちそのものとして、彼女らがそうして生きとおした苦難の意義が暗示されているのである。 局面の展開・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・骨組みのたくましい、筋肉が一つびとつ肌の上から数えられるほど、脂肪の少い人で、牙彫の人形のような顔に笑みを湛えて、手に数珠を持っている。我が家を歩くような、慣れた歩きつきをして、親子のひそんでいるところへ進み寄った。そして親子の座席にしてい・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫