・・・ 運命の命ずるままに引きずられて、しかも益々苦痛な、益々暗澹たる生活をさせられる我身を、我と我手で鱠切りにして大洋の滄い浪の中に投げて仕舞いたかった。 始めの間は、家、子供、妻と他人の事ばかり思って居た栄蔵は、終に、自分自身の事ばか・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・静謐な家の中 机に向い自分は、我と我がひろき額、髪を撫でこする。 *心に興が満ちた時お前は、何でもするがよい。絵を描け、強いタッチで、グレコのように、絵を描け。歌も唱え、美しきマイ、アイディー・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 加えて、少年らの心の中には、いったん不良児として銘をうたれ、すべての行動のかげに、いつも何をしても、いわゆるよくない動機だけをさぐり出されなければならないことに対して、我とわが身を破るような人間性の苦しみと悲しみと、訴えるにはくちおしい大・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・男女の相剋を自我の相剋として見る面で漱石の西欧的教養は大きい創造のモメントをなしているのであるが、漱石が我ともなく昔ながらの常識に妥協している面では、そのような男女の相剋をもたらす日本的現実の条件の追究をとりあげ得ないでいる。日本における夫・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・人間のモラルを現実とのとりくみの間にうち立ててゆくことが目指されずに、観念の中でモラルを模索しているその自己の意識の周囲を我と眺め味い歩きまわる作家の態度は、当時横光利一によって代表された。彼の云う「高邁なる精神」「自己探求」「自意識の文学・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・しかし我とわが身をせめる寂しさ。 生田花世氏の言葉「余り不幸だと一種の公明正大さが出来ますな、自分の利益にはならないでもね」 野上さんの或面「情の人には嫌われても、知の人には尊敬される人ですね・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・彼の使ったのはミシンであり、文学者が使わされたのはペンであるということに、悲劇はますます大きいと思います。我とわが頸をおるような仕業を強いられたということは、当時の日本のすべての人民的悲惨のどんな特等席であり得たでしょう。いわゆる人民が上官・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・ そして、安心して気が緩んだので、いつかしら我ともなく心がポーッとなりそうになったとき、「オイオイ禰宜様、何うしてるだよ。 俺らあおめえん介抱まじゃあ請合わねえぞ」と云いながら、誰かがひどく彼の肩を揺った。 スースーとち・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ いかにも口惜しい、事じゃ。 我と我が身を雲を突く山の切り崖からなげ出いて目に見えぬほど粉々にくだいてしまいたいほどじゃ。 今までによう味わなんだ、あやまる と云う事を経験せねばならぬ時になったのじゃ。 わし・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ツァウォツキイは小刀の柄を両手で握って我と我胸に衝き挿した。ツァウォツキイはすぐに死んで、ユリアの名をまだ脣の上に留めながら、ポッケットに手品に使う白い球を三つと、きたない骨牌を一組入れたまま、死骸は鉄道の堤の上から転げ落ちた。 ツァウ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫