・・・ ああ此様な筈ではなかったものを。戦争に出たは別段悪意があったではないものを。出れば成程人殺もしようけれど、如何してかそれは忘れていた。ただ飛来る弾丸に向い工合、それのみを気にして、さて乗出して弥弾丸の的となったのだ。 それからの此・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・『わたしも帰って戦争の夢でも見るかな』と、罪のない若旦那の起ちかかるを止めるように『戦争はまだ永く続きそうでございますかな』と吉次が座興ならぬ口ぶり、軽く受けて続くとも続くともほんとの戦争はこれからなりと起ち上がり『また明日の新・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・などよりも、「戦争と平和」が好きだ。戦争を書いた最もいゝものは、「セバストポール」だ。「セバストポール」に書かれた戦争は、「戦争と平和」にかゝれた戦争よりも、真実味の程度に於て、純粋で、はるかにしのいでいる。トルストイのような古今無双の天才・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・併し世の中が変ろうというところへ生れあわせたので、生れた翌年は上野の戦争がある、危い中を母に負われて浅草の所有地へ立退いたというような騒ぎだったそうです。大層弱い生れつきであって、生れて二十七日目に最早医者に掛ったということです。御維新の大・・・ 幸田露伴 「少年時代」
先生。 私は今日から休ませてもらいます。みんながイジめるし、馬鹿にするし、じゅ業料もおさめられないし、それに前から出すことにしてあった戦争のお金も出せないからです。先生も知っているように、私は誰よりもウンと勉強して偉く・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・ そういう学士も維新の戦争に出た経歴のある人で、十九歳で初陣をした話がよく出る。塾では、正木大尉はもとより、桜井先生も旧幕の旗本の一人だ。 懐古園とした大きな額の掛った城門を入って、二人は青葉に埋れた石垣の間へ出た。その辺は昼休みの・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・単に物質だけの百一億円の損害でも、日露戦争の費用の五倍以上にあたり、全国富の十分の一を失ったわけです。われわれはおたがいに協同努力して一日も早くこの大負傷をいやすことにつとめなければなりません。これまで多くの人々はふだんの平和に甘えて、だら・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
「戦争が終ったら、こんどはまた急に何々主義だの、何々主義だの、あさましく騒ぎまわって、演説なんかしているけれども、私は何一つ信用できない気持です。主義も、思想も、へったくれも要らない。男は嘘をつく事をやめて、女は慾を捨てたら・・・ 太宰治 「嘘」
・・・金州でも、得利寺でも兵のおかげで戦争に勝ったのだ。馬鹿奴、悪魔奴! 蟻だ、蟻だ、ほんとうに蟻だ。まだあそこにいやがる。汽車もああなってはおしまいだ。ふと汽車――豊橋を発ってきた時の汽車が眼の前を通り過ぎる。停車場は国旗で埋められている。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・日露戦争の時分には何でもロシアの方に同情して日本の連捷を呪うような口吻があったとかであるいは露探じゃないかという噂も立った。こんな事でひどく近所中の感じを悪くしたそうだが、細君の好人物と子供の可愛らしいのとで幾分か融和していたらしい。子供は・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫