・・・そうして激昂する心を抑えてピアノの前に坐り所定曲目モザルトの一曲を弾いているうちにいつか頭が変になって来て、急に嵐のような幻想曲を弾き出す、その狂熱的な弾奏者の顔のクローズアップに重映されて祖国の同志達の血潮に彩られた戦場の光景が夢幻のごと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・先ず初めは、浴槽の水を掻き廻さないで、水面二、三寸のところへ寒暖計の球をさしこんで、所定の温度に達した頃に報知して来るのだから、かき廻さないで飛び込めば上の方は適温だが、底の方はまだ水である。掻き交ぜれば、ぬるくてふるえ上がってしまう。また・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・その一つは、わずかな高低凹凸の複雑に分布した地面の水準測量をするのに、わざと夜間を選び、助手に点火した線香を持って所定の方向に歩かせ、その火光をねらって高低を定めたと言い伝えられていることである。しかしねらうのには水準器のついた望遠鏡か、こ・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・を構成して、それを再び「所定の前句」に対照してみるのである。そのようにして、第三次、第四次の付け句を作って行くうちには必ず少なくも自分では適当と思われるものの骨格だけは得られるのである。それでもどうしても思わしくない場合にはこれは断念放棄し・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ かかる行動に出ずる人の中で、相当の論拠があって公然文部省所定の課目に服せぬものはここに引き合に出す限りではない。それほどの見識のある人ならば結構である。四角に仕切った芝居小屋の枡みたような時間割のなかに立て籠って、土竜のごとく働いてい・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・さらに、われわれがゆく前には運動すらも、監獄法によって所定されている運動すらも、人手がないというので絶対に許されておらない、しかも外部からの面会、差入れは絶対に禁止されていた。」このことは、おそらく被告たちが六法全書さえ読むことができなかっ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫