・・・作法通り、立ち退き先の所書きは、座敷の壁に貼ってある。槍も、林右衛門自ら、小腋にして、先に立った。武具を担ったり、足弱を扶けたりしている若党草履取を加えても、一行の人数は、漸く十人にすぎない。それが、とり乱した気色もなく、つれ立って、門を出・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・此セメントを使った月日と、それから委しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、是非々々お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。 松戸与三は、湧きかえるような、子供たちの騒ぎを身の・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・ 帽子に手をかけ、所書を貰って彼は出て行った。「偉いことを云いますね」 男は、皆の顔をぐるりと見廻して、あまりハーティーでない笑をあげた。―― それから、幾日か経ち、八月の或る日の午後上野の停車場に止宿している、アナンダ・ク・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・ 国立出版所に働いてるナターリアが、 ――所書なくさないようにね、ああ、それから荷物のそばにきっと一人いるようになさい。 手と異常に大きい眼とで別れの合図をした。が、それは、すぐ見えなくなってしまった。 入って見ると、三等車・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・等各建築関係専門店の名と所書きが並べられている。これは余程古いものであろうと好奇心に動かされて見てゆくと、方眼紙の第一頁に一九〇七年十月三十一日と英語で日附、「横浜倉庫」という見出しの下に、 └──────┘└───┘と特記し・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・鏡台の中とかに私の所書があったからって来たんですが、……私はそんなことちっとも知りゃしないんですよ」「ひどく不満そうですね」 藍子が、可愛い眼に悪戯らしい色を浮べて笑った。尾世川も思わず釣られて破顔したが、「いや、決してそう云う・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫