・・・その仕合には、越中守綱利自身も、老職一同と共に臨んでいたが、余り甚太夫の槍が見事なので、さらに剣術の仕合をも所望した。甚太夫は竹刀を執って、また三人の侍を打ち据えた。四人目には家中の若侍に、新陰流の剣術を指南している瀬沼兵衛が相手になった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「御前は銀の煙管を持つと坊主共の所望がうるさい。以来従前通り、金の煙管に致せと仰せられまする。」 三人は、唖然として、為す所を知らなかった。 七 河内山宗俊は、ほかの坊主共が先を争って、斉広の銀の煙管を・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・何と、皆のもの、迷惑ながらこの所望を叶えてくれる訳には行くまいか。「何、叶えてくれる? それは重畳、では早速一同の話を順々にこれで聞くと致そう。「こりゃ童部たち、一座へ風が通うように、その大団扇で煽いでくれい。それで少しは涼しくもな・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ その間で嫂が僅に話す所を聞けば、市川の某という家で先の男の気性も知れているに財産も戸村の家に倍以上であり、それで向うから民子を強っての所望、媒妁人というのも戸村が世話になる人である、是非やりたい是非往ってくれということになった。民子は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・そして所望されるままに曾根崎新地のお茶屋へおちょぼ(芸者の下地ッ子にやった。 種吉の手に五十円の金がはいり、これは借金払いでみるみる消えたが、あとにも先にも纏まって受けとったのはそれきりだった。もとより左団扇の気持はなかったから、十七の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・のと乱暴はしないし』と受け合い、鬢の乱を、うるさそうにかきあげしその櫛は吉次の置土産、あの朝お絹お常の手に入りたるを、お常は神のお授けと喜び上等ゆえ外出行きにすると用箪笥の奥にしまい込み、お絹は叔母に所望されて与えしなり。 二十八年三月・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・豊吉はお花が土蔵の前の石段に腰掛けて唱う唱歌をききながら茶室の窓に倚りかかって居眠り、源造に誘われて釣りに出かけて居眠りながら釣り、勇の馬になッて、のそのそと座敷をはいまわり、馬の嘶き声を所望されて、牛の鳴くまねと間違えて勇に怒られ、家じゅ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 三 縁辺に席を与えて、まず麦湯一杯、それから一曲を所望した。自分は尺八のことにはまるで素人であるから、彼が吹くその曲の善し悪し、彼の技の巧拙はわからないけれども、心をこめて吹くその音色の脈々としてわれに迫る時、われ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・は判然しているので、御所望ならば御明かし申して宜しいのです。ハハハ。 これは二百年近く古い書に見えている談である。京都は堀川に金八という聞えた道具屋があった。この金八が若い時の事で、親父にも仕込まれ、自分も心の励みの功を積んだので、大分・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・お徳はにぎやかなことの好きな女で、戯れに子供らから腕押しでも所望されると、いやだとは言わなかった。肥って丈夫そうなお徳と、やせぎすで力のある次郎とは、おもしろい取り組みを見せた。さかんな笑い声が茶の間で起こるのを聞くと、私も自分の部屋にじっ・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫