・・・どうも蛇笏君などから鞭撻を感じた往年の感激は返らないらしい。所詮下手は下手なりに句作そのものを楽しむより外に安住する所はないと見える。おらが家の花も咲いたる番茶かな 先輩たる蛇笏君の憫笑を蒙れば幸甚である。・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・前の犬には生別れをしたが、今度の犬には死別れをした。所詮犬は飼えないのが、持って生まれた因縁かも知れない。――そんな事がただ彼女の心へ、絶望的な静かさをのしかからせたばかりだった。 お蓮はそこへ坐ったなり、茫然と犬の屍骸を眺めた。それか・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 創作は常に冒険である。所詮は人力を尽した後、天命に委かせるより仕方はない。少時学語苦難円 唯道工夫半未全到老始知非力取 三分人事七分天 趙甌北の「論詩」の七絶はこの間の消息を伝えたものであろう。芸術は妙に底の知れな・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 困果と業と、早やこの体になりましたれば、揚代どころか、宿までは、杖に縋っても呼吸が切れるのでございましょう。所詮の事に、今も、婦に遣わします気で、近い処の縁日だけ、蝋燭の燃えさしを御合力に預ります。すなわちこれでございます。」 と・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 戸外にては言途絶え、内を窺う気勢なりしが、「通ちゃん、これだけにしても、逢わせないから、所詮あかないとあきらめるが……」 呼吸も絶げに途絶え途絶え、隙間を洩れて聞ゆるにぞ、お通は居坐直整えて、畳に両手を支えつつ、行儀正しく聞き・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ 所詮だめだ。や、こいつ、耳に蓋をしているな」 眼にいっぱいの涙を湛えて、お香はわなわなふるえながら、両袖を耳にあてて、せめて死刑の宣告を聞くまじと勤めたるを、老夫は残酷にも引き放ちて、「あれ!」と背くる耳に口、「どうだ、解った・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ おとよは省作と自分と二人の境遇を、つくづくと考えた上に所詮余儀ないものと諦め、省作を手離して深田へ養子にやり、いよいよ別れという時には、省作の手に涙をふりそそいで、「こうして諦めて別れた以上は、わたしのことは思い棄て、どうぞおつね・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 所詮二葉亭は常に現状に満足出来ない人であった。絶間なく跡から跡からと煩悶を製造しては手玉に取ってオモチャにする人であった。二葉亭がかつて疑いがあるから哲学で、疑いがなくなったら哲学でなくなるといった通りに、悶えるのが二葉亭の存在であっ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 個性を尊重しなければならぬのは、たとえ、集団的生活に於て、組織が主とされても、所詮、創造は、個人の天分に待たなければならないからです。これを考うる時に今日の画一教育が、良いとは言われないのであります。けれど、階梯として何うしても児童等・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・ 芸術は人生のために、その存在の意義があり、人生は、即ち民衆の利福を措いて、その完全な姿を考えることができない。所詮、美は、正しいことであり、正義に対する感激より、さらに至高の芸術はないと信じたのは、その頃のことでありました。 文壇・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
出典:青空文庫