・・・これに煽動された吉田、原、早水、堀部などは、皆一種の興奮を感じたように、愈手ひどく、乱臣賊子を罵殺しにかかった。――が、その中にただ一人、大石内蔵助だけは、両手を膝の上にのせたまま、愈つまらなそうな顔をして、だんだん口数をへらしながら、ぼん・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・恐れるのは武人の技倆である。正義それ自身も恐れるに足りない。恐れるのは煽動家の雄弁である。武后は人天を顧みず、冷然と正義を蹂躙した。しかし李敬業の乱に当り、駱賓王の檄を読んだ時には色を失うことを免れなかった。「一抔土未乾 六尺孤安在」の双句・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・殊に作家を煽動して小説や戯曲を書かせることには独特の妙を具えていた。僕なども始終滝田君に僕の作品を褒められたり、或は又苦心の余になった先輩の作品を見せられたり、いろいろ鞭撻を受けた為にいつの間にかざっと百ばかりの短篇小説を書いてしまった。こ・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎氏」
・・・それを十分に考えてみることなしに、みずから指導者、啓発者、煽動家、頭領をもって任ずる人々は多少笑止な立場に身を置かねばなるまい。第四階級は他階級からの憐憫、同情、好意を返却し始めた。かかる態度を拒否するのも促進するのも一に繋って第四階級自身・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・すなわち生活の対手、もしくはまと、あるいは生活の扇動者を失った。 がっかりしたのも無理はない。彼の戦争論者たるも無理はない。「号外」、なるほど加藤男の彫像に題するには何よりの題目だろう、……男爵は例のごとくそのポケットから幾多の新聞・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・彼らは自ら手を下さず、市井の頭目を語らって、群衆を煽動せしめたのであった。 日蓮は一時難を避けて、下総中山の帰衣者富木氏の邸にあって、法華経を説いていた。 六 相つぐ法難 日蓮の闘志はひるまなかった。百日の後彼は・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・だいぶほかの者を煽動したらしいんであります。」中尉は防寒帽をかむりなおしながら答えた。「どうもシベリアへ来ると兵タイまでが過激化して困ります。」「何中隊の兵タイだ。」「×中隊であります。」 眼鼻の線の見さかいがつくようになると、・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・お手本を破れ、二十世紀の新しい芸術は君たちの手中に在ると大声で煽動せられても、私は苦しく顔をゆがめて笑っただけでした、という事だけを申し上げて、その余の愚痴めいた事は、言わない事にいたしましょう。私もどうやら、あなたと同様に、十九世紀の作家・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・などは当てになるはずがない。煽動者の利器とする詭弁の手品の種はここから出て来るのである。 十二 一と頃、学生の観客の多い映画館で、ニュース映画の中にたまたまソビエトの赤旗の行列などがスクリーンに現われると、観・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・ この術は決して新しいものではなくて、古い古い昔から、時には偉大なる王者や聖賢により、時にはさらにより多く奸臣の扇動者によって利用されて来たものである。前者の場合には世道人心を善導し、後者の場合には惨禍と擾乱を巻き起こした例がはなはだ多・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫