・・・門から手招きする杢若の、あの、宝玉の錦が欲しいのであった。余りの事に、これは親さえ組留められず、あれあれと追う間に、番太郎へ飛込んだ。 市の町々から、やがて、木蓮が散るように、幾人となく女が舞込む。 ――夜、その小屋を見ると、おなじ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・しかもお前、その娘が、ちらちらと白い指でめんない千鳥をするように、手招きで引着けるから、うっかり列を抜けて、その傍へ寄ったそうよ。それを私は何も知らん。 とこの国じゃない、本で読むような言で聞くとさ。頷くと、(好いものを上げます・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・檣の方に身を突きいだして、御問いに答えまいらすはやすし、こなたに進みてまず杯を受けたまえといえば、二郎は、来たれ来たれと手招きせり。 檣の陰より現われしは一個の大男なり。 見忘れたもうなと言いもおわらず卓の横に立つは片目の十蔵ならん・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・と、女を手招きして耳に口を寄せて、何かささやいた。女は其意を得て屏風を遶り、奥の方へ去り、主人は立っても居られず其便に坐した。 やがて女は何程か知れぬが相当の金銀を奉書を敷いた塗三宝に載せて持て来て男の前に置き、「私軽忽より誤っ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・と父がしきりに手招きするから、何か書いたものでも見せるのかと思って、行くと、父は恐ろしい力でおげんを捉えようとして、もうすこしでおげんの手が引きちぎられるところであった。父は髭の延びた蒼ざめた顔付で、時には「あはは、あはは」笑って、もうさん・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・これは、かの新人競作、幻燈のまちの、なでしこ、はまゆう、椿、などの、ちょいと、ちょいとの手招きと変らぬ早春コント集の一篇たるべき運命の不文、知りつつも濁酒三合を得たくて、ペン百貫の杖よりも重き思い、しのびつつ、ようやく六枚、あきらかにこれ、・・・ 太宰治 「あさましきもの」
手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を・・・ 太宰治 「喝采」
・・・中畑さんは、その薄暗い店に坐っていて、ポンポンと手を拍って、それから手招きしたけれども、私はあんなに大声で私の名前を呼ばれたのが恥ずかしくて逃げてしまった。私の本名は、修治というのである。 中畑さんに思いがけなく呼びかけられてびっくりし・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・謂わば死に神の手招きに吸い寄せられるように、私は何の理由もなく、佐渡にひかれた。私は、たいへんおセンチなのかも知れない。死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。 けれども船室の隅に、死んだ振りして寝ころんで、私はつ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ と眼でたずねたので、私は、蓮っ葉にちょっちょっと手招きして、「あのね、」下品に調子づいた甲高い声だったので私は肩をすくめ、こんどは出来るだけ声を低くして、「あのね、明日は、どうなったっていい、と思い込んだとき女の、一ばん女らしさが出て・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫