・・・ が、とうとう堪えられなくなって一粒涙がこぼれ出すともう遠慮も何もなくなって私は手放しの啜り泣きを始めた。 手を握って居ながら叔父はまるで別な事を考えて居るらしかった。 彼は一層陰気な顔になってうつむきながら私を慰め様ともすかそ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・と云うと、女中は手放しでオイオイ泣きながら、「出て行くともね、 手、手をつついて居て下さいったって誰が居てやるもんか。 馬鹿馬鹿しい。 此処ば、ばかりにおててんとうさまが照るんじゃあるまいし。 覚えてろ。・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 引きちぎったり踏み躪ったりした藁束を、憎さがあまって我ながら、どうしていいのか分らないように足蹴にしながら、水口まで来ると、お石は上り框に突伏してオイオイ、オイオイと手放しで号泣した。怨んだとて、呪ったとて、海老屋の年寄にはどうせかな・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・「あれは手放しては使いとうない。この頃身方についた甲州方の者に聞けば、甘利はあれをわが子のように可哀がっておったげな。それにむごい奴が寝首を掻きおった」 甚五郎はこのことばを聞いて、ふんと鼻から息をもらして軽くうなずいた。そしてつと座を・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・ところがいよいよ子爵夫人の格式をお授けになるという間際、まだ乳房にすがってる赤子を「きょうよりは手放して以後親子の縁はなきものにせい」という厳敷お掛合があって涙ながらにお請をなさってからは今の通り、やん事なき方々と居並ぶ御身分とおなりなさっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫