・・・ で、自分はまた、手文庫の底からその手紙を取りだして、仔細に読んでみた。 刑務所の書信用紙というのは赤刷りの細かい罫紙で、後の注意という下の欄には――手紙ノ発受ハ親類ノ者ニノミコレヲ許スソノ度数ハ二カ月ゴトニ一回トス賞表ヲ有スル在所・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・青扇は床の間の隅にある竹の手文庫をかきまわしていたが、やがて小さく折り畳まれてある紙片をつまんで持って来た。「こんなのを書きたいと思いまして、文献を集めているのですよ。」 僕は薄茶の茶碗をしたに置いて、その二三枚の紙片を受けとった。・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 先輩は笑いながら手文庫を持ち出し、しばらく捜して一通、私に手渡した。「恐喝は冗談だが。これからは気を附け給え。」「わかっています。」 以下は、その手紙の全文である。 ――○○兄。生涯にいちどのおねがいがございます。八方・・・ 太宰治 「誰」
・・・部屋の隅にあった子供のおしめで顔を拭き、荒い呼吸をしながら下の部屋へ行き、店の売上げを入れてある手文庫から数千円わしづかみにしてジャンパーのポケットにねじ込み、店にはその時お客が二、三人かたまってはいって来て、小僧はいそがしく、「お帰り・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ そして、何となしホッとしながら、けれどもどこまでもせっかく出したものを突返された者の不快を装いつつ、不機嫌そうに傍の手文庫を引きよせて、包みを入れると、ピーンと錠を下してしまった。 隅々の糸がほつれている色も分らない古巾着を内懐か・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫