・・・ 私は手短かに『影』の梗概を話した。「その写真なら、私も見た事があるわ。」 私が話し終った時、女は寂しい眼の底に微笑の色を動かしながら、ほとんど聞えないようにこう返事をした。「お互に『影』なんぞは、気にしないようにしましょう・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・老人は、それから、手短に、自分の経歴を話した。元は、何とか云う市の屠者だったが、偶々、呂祖に遇って、道を学んだと云うのである。それがすむと、道士は、徐に立って、廟の中へはいった。そうして、片手で李をさしまねきながら、片手で、床の上の紙銭をか・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・私は、それより二三の権威ある実例によって、出来るだけ手短に、この神秘の事実の性質を御説明申したいと思います。まず Dr. Werner の与えている実例から、始めましょう。彼によりますと、ルウドウィッヒスブルクの Ratzel と云う宝石商・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・寧そ水を飲まぬ方が手短に片付くとは思いながら、それでも若しやに覊されて…… 這って行く。脚が地に泥んで、一と動する毎に痛さは耐きれないほど。うんうんという唸声、それが頓て泣声になるけれど、それにも屈ずに這って行く。やッと這付く。そら吸筒・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ ただ手短かに天の賜と思った。 不思議なもので一度、良心の力を失なうと今度は反対に積極的に、不正なこと、思いがけぬ大罪を成るべく為し遂んと務めるものらしい。 自分はそっとこの革包を私宅の横に積である材木の間に、しかも巧に隠匿して・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・と賞翫した。「もういいからお前もそこで御飯を食べるがいい。」と主人は陶然とした容子で細君の労を謝して勧めた。「はい、有り難う。」と手短に答えたが、思わず主人の顔を見て細君はうち微笑みつつ、「どうも大層いいお色におなり・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・無し、故郷へ疎開などする気も起らず、まあこの家が焼ける迄は、と思って、この商売一つにかじりついて来て、どうやら罹災もせず終戦になりましたのでほっとして、こんどは大ぴらに闇酒を仕入れて売っているという、手短かに語ると、そんな身の上の人間なので・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私は手短かに事情を申し述べますと、おまわりは、へえ、そりゃひどい、と言って笑ってしまいましたが、しかし、二階では、まだ、どろぼう! どろぼう! と叫び、金盥も打ちつづけていまして、近所近辺の人たちも皆、起きて外へ飛び出し、騒ぎが大きくなるば・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・人のためにというのは、人の言うがままにとか、欲するがままにといういわゆる卑俗の意味で、もっと手短かに述べれば人の御機嫌を取ればというくらいの事に過ぎんのです。人にお世辞を使えばと云い変えても差支ないくらいのものです。だから御覧なさい。世の中・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・専門の智識が豊かでよく事情が精しく分っていると、そう手短かに纏めた批評を頭の中に貯えて安心する必要もなく、また批評をしようとすれば複雑な関係が頭に明暸に出てくるからなかなか「甲より乙が偉い」という簡潔な形式によって判断が浮んで来ないのであり・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫