・・・クララが今夜出家するという手筈をフランシスから知らされていた僧正は、クララによそながら告別を与えるためにこの破格な処置をしたのだと気が付くと、クララはまた更らに涙のわき返るのをとどめ得なかった。クララの父母は僧正の言葉をフォルテブラッチョ家・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・勿論まるきり、その人たちに留めさせる事の出来ない事は、解って、あきらめなければならないまでも、手筈を違えるなり、故障を入れるなり、せめて時間でも遅れさして、鷭が明らかに夢からさめて、水鳥相当に、自衛の守備の整うようにして、一羽でも、獲ものの・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・かねてここと見定めて置いた高架鉄道の線路に添うた高地に向って牛を引き出す手筈である。水深はなお腰に達しないくらいであるから、あえて困難というほどではない。 自分はまず黒白斑の牛と赤牛との二頭を牽出す。彼ら無心の毛族も何らか感ずるところあ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・何んでも早く青木から身受けの金を出させようと運動しているらしく、先刻もまた青木の言いなり放題になって、その代りに何かの手筈を定めて来たものと見えた。おッ母さんから一筆青木に当てた依頼状さえあれば、あすにも楽な身になれるというので、僕は思いも・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ あとで聞いたことだが、その人はその日社がひけて、かねての手筈どおり見合いの席へ行こうとしたところを、友達に一杯やろうかと誘われたのだった。見合いがあるからと断ればよいものを、そしてまたその口実なら立派に通る筈だのに、また、当然そう言わ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・泉へかえり、おばさんに、よその温泉場で散歩して転んで、着物を汚したとか、なんとか下手な嘘を言って、嘉七が東京にさきにかえって着換えの着物とお金を持ってまた迎えに来るまで、宿で静養している、ということに手筈がきまった。嘉七の着物がかわいたので・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・その先輩のお宅で嫁と逢って、そうして先輩から、おさかずきを頂戴して、嫁を連れて甲府へ帰るという手筈であった。北さん、中畑さんも、その日、私の親がわりとして立会って下さる事になっていた。私は朝早く甲府を出発して、昼頃、先輩のお宅へ到着した。私・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・或いは最早や温泉行きの手筈もついていることかと思います。温泉に引越したら御様子願い上げます。北沢君なんかといっしょに訪ね、小生もその附近の宿にしばらく逗留してみたいと思います。奥さんによろしく。頓首。早川俊二。津島修治様。」「三拾円しか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・家内にも言いきかせ、とにかく之は怪しいから、そっくり帯封も破らずそのままにして保存して置くよう、あとで代金を請求して来たら、ひとまとめにして返却するよう、手筈をきめて置いたのである。そのうちに、新聞の帯封に差出人の名前を記して送ってくるよう・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・あたしがその気になりさえすれば、あとは、手筈が、ちゃんときまっているんだって、そう言っていたわ。」「おまえの好きなようにするさ。名女優になれるだろうよ。」数枝は、ふたたび不気嫌である。「それは、ね、あたしだって、くさくさすることは、ある・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫