・・・が、やがて話が終ると、甚太夫はもう喘ぎながら、「身ども今生の思い出には、兵衛の容態が承りとうござる。兵衛はまだ存命でござるか。」と云った。喜三郎はすでに泣いていた。蘭袋もこの言葉を聞いた時には、涙が抑えられないようであった。しかし彼は膝を進・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「過日もさる物識りから承りましたが、唐土の何とやら申す侍は、炭を呑んで唖になってまでも、主人の仇をつけ狙ったそうでございますな。しかし、それは内蔵助殿のように、心にもない放埓をつくされるよりは、まだまだ苦しくない方ではございますまいか。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・何しろ出家に妄語はないと日頃から思いこんだ婆さんの事でございますから、これを聞いて肝を消しますまい事か、『成程そう承りますれば、どうやらあの辺の水の色が怪しいように見えますわいな。』で、まだ三月三日にもなりませんのに、法師を独り後に残して、・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・…… 令嬢の御一行は、次の宿で御下車だと承ります。 駅員に御話しになろうと、巡査にお引渡しになろうと、それはしかし御随意です。 また、同室の方々にも申上げます。御婦人、紳士方が、社会道徳の規律に因って、相当の御制裁を御満足にお加・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・――八大竜王鳴渡りて、稲妻ひらめきしに、諸人目を驚かし、三日の洪水を流し、国土安穏なりければ、さてこそ静の舞に示現ありけるとて、日本一と宣旨を給りけると、承り候。―― 時に唄を留めて黙った。「太夫様。」 余り尋常な、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・――それに、手順で私が承りましたばかりですもの。何も私に用があっていらっしゃるのではありません。唯今は、ちょうど季節だものでございますから、この潟へ水鳥を撃ちに。」「ああ、銃猟に――鴫かい、鴨かい。」「はあ、鴫も鴨も居ますんですが、・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・と云って、樹島は静に土間へ入って、――あとで聞いた預りものだという仏、菩薩の種々相を礼しつつ、「ただ試みに承りたい。大なこのくらいの像を一体は。」とおおよその値段を当った。――冷々とした侘住居である。木綿縞の膝掛を払って、筒袖のどんつくを着・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「ぜひ、承りたいんだがね。」 半ば串戯に、ぐッと声を低くして、「出るのかい……何か……あの、湯殿へ……まったく?」「それがね、旦那、大笑いなんでございますよ。……どなたもいらっしゃらないと思って、申し上げましたのに、御婦人の・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・美貌を買われて、婦人呉服部の御用承り係に使われ、揉手をすることも教えられ、われながらあさましかったが、目立って世帯じみてきた友子のことを考えると、婦人客への頭の下げ方、物の言い方など申分ないと褒められるようになった。その年の秋友子は男の子を・・・ 織田作之助 「雨」
・・・蝶子は承りおくという顔をした。きっぱり断らなかったのは近所の間柄気まずくならぬように思ったためだが、一つには芸者時代の駈引きの名残りだった。まだまだ若いのだとそんな話のたびに、改めて自分を見直した。が、心はめったに動きはしなかった。湯崎にい・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫