・・・が、しまいには彼も我を折って、求馬の顔を尻眼にかけながら、喜三郎の取りなしを機会にして、左近の同道を承諾した。まだ前髪の残っている、女のような非力の求馬は、左近をも一行に加えたい気色を隠す事が出来なかったのであった。左近は喜びの余り眼に涙を・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・それには渡左衛門尉を、――袈裟がその愛を衒っていた夫を殺そうと云うくらい、そうしてそれをあの女に否応なく承諾させるくらい、目的に協った事はない。そこで己は、まるで悪夢に襲われた人間のように、したくもない人殺しを、無理にあの女に勧めたのであろ・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・フォルテブラッチョ家との婚約を父が承諾した時でも、クララは一応辞退しただけで、跡は成行きにまかせていた。彼女の心はそんな事には止ってはいなかった。唯心を籠めて浄い心身を基督に献じる機ばかりを窺っていたのだ。その中に十六歳の秋が来て、フランシ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・したが、かようなものでも、主人と思召し、成りませぬ処をたっても御承知下さいますようでは、恐れ入りまするから、御断の遊ばし可いよう、わざと女共から御話を致させましたのでござりまするが、かように御心安く御承諾下さいましては、かえって失礼になりま・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・随分いやな頼まれごとでも快く承諾されたのは一再でない。或る時などは、私は万年筆のことを書いて下さいと頼んだ。若い元気の好い文学者へでも、こんな事を頼もうものなら、それこそムキになって怒られようが、先生は別に嫌な顔などはせられなかった。ただ「・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
はしがき この小冊子は、明治二十七年七月相州箱根駅において開設せられしキリスト教徒第六夏期学校において述べし余の講話を、同校委員諸子の承諾を得てここに印刷に附せしものなり。 事、キリスト教と学生とにかんすること多し、しかれど・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・妙な男は、すぐさま承諾していうに、「電信柱さん、世間の人はみんなきらいでも、おまえさんは好きだ。これからいっしょに散歩しよう。」といって、二人はともに歩き出した。 しばらくすると、妙な男は、小言をいい出した。「電信柱さん、あんま・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・すると少年は、意外にも快く承諾をして、「ああ僕にその笛をくれるなら、君にみなあげよう。」といって、絵の具箱も、筆もみんな光治にくれたのであります。 光治は喜んで家へ帰りました。そして、すぐに紙を出して、花や草を描いてみましたが、・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・良吉は快く承諾して、その笛を力蔵に与えました。そして、自分ははじめてオルゴールを手に持つことができて大事そうにして、この不思議な音色のする機械をながめていました。すると力蔵はすこしばかりたつと彼のそばにやってきて、「僕はもう家へ帰るんだ・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・それで、その日の別れぎわ、明日の夕方生国魂神社の境内で会おうと、断られるのを心配しながら豹一がびくびくしながら言いだすと、まるで待っていたかのように嬉しく承諾し、そして約束の時間より半時間も早く出かけて待っていた。 その夕方、豹一は簡単・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫