・・・ちょうど十日ばかり以前のある午後、僕等は海から上った体を熱い砂の上へ投げ出していた。そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子を引きずって来た。が、ふと彼の足もとに僕等の転がっているのを見ると、鮮かに歯を見せて一笑した。Mは彼の通り過ぎた後、ち・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ たね子はがっかりして本を投げ出し、大きい樅の鏡台の前へ髪を結いに立って行った。が、洋食の食べかただけはどうしても気にかかってならなかった。…… その次の午後、夫はたね子の心配を見かね、わざわざ彼女を銀座の裏のあるレストオランへつれ・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・椅子からすべり下りると敷石の上に身を投げ出して、思い存分泣いた。その小さい心臓は無上の歓喜のために破れようとした。思わず身をすり寄せて、素足のままのフランシスの爪先きに手を触れると、フランシスは静かに足を引きすざらせながら、いたわるように祝・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・八っちゃんは泣かないで僕にかかって来た。投げ出していた足を折りまげて尻を浮かして、両手をひっかく形にして、黙ったままでかかって来たから、僕はすきをねらってもう一度八っちゃんの団子鼻の所をひっかいてやった。そうしたら八っちゃんは暫く顔中を変ち・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ 瓜畑を見透しの縁――そこが座敷――に足を投出して、腹這いになった男が一人、黄色な団扇で、耳も頭もかくしながら、土地の赤新聞というのを、鼻の下に敷いていたのが、と見る間に、二ツ三ツ団扇ばかり動いたと思えば、くるりと仰向けになった胸が、臍・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 少くとも、あの、絵看板を畳込んで持っていて、汽車が隧道へ入った、真暗な煙の裡で、颯と化猫が女を噛む血だらけな緋の袴の、真赤な色を投出しそうに考えられた。 で、どこまで一所になるか、……稀有な、妙な事がはじまりそうで、危っかしい中に・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・自分はしようことなしに、よろしく頼むといってはいるものの、ただ見る眠ってるように、花のごとく美しく寝ているこの子の前で、葬式の話をするのは情けなくてたまらなかった。投げ出してるわが子の足に自分の手を添えその足をわが顔へひしと押し当てて横顔に・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・それをうッちゃるように投げ出して、床を出た。 楊枝をくわえて、下に行くと、家のおかみさんが流しもとで何か洗っていた手をやすめて、「先生、お早うござります」と、笑った。「つい寝坊をして」と、僕は平気で井戸へ行ったが、その朝に限って・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・、先生の序文で光彩を添えようというのじゃない、我輩の作は面白いから先生も小説が好きなら読んで見て、面白いと思ったら序文をお書きなさい、ツマラナイと思ったら竈の下へ燻べて下さいと、言終ると共に原稿一綴を投出してサッサと帰ってしまった。 学・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・たとえその人があなたでなくても、だれであっても、弱いものを、ああして乱暴者がいじめていましたら、私は、良心から、命を投げ出して戦ったでしょう。」と、昔の若者はいいました。「みんなが、そのような、正しい考えを持っていましたら、どんなにこの・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
出典:青空文庫