・・・ 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へか・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ 彼れは妻に手伝わせて馬の皮を剥ぎ始めた。生臭い匂が小屋一杯になった。厚い舌をだらりと横に出した顔だけの皮を残して、馬はやがて裸身にされて藁の上に堅くなって横わった。白い腱と赤い肉とが無気味な縞となってそこに曝らされた。仁右衛門は皮を棒・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・――わッと群集の騒いだ時、……堪らぬ、と飛上って、紫玉を圧えて、生命を取留めたのもこの下男で、同時に狩衣を剥ぎ、緋の袴の紐を引解いたのも――鎌倉殿のためには敏捷な、忠義な奴で――この下男である。 雨はもとより、風どころか、余の人出に、大・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・僕の生命からしばらくなりとも妻や子を剥ぎ取っておくならば、僕はもう物の役に立たないものになるに違いないと思われるのだ。そりゃあまり平凡じゃと君はいうかもしれねど、実際そうなのだからしかたがない。年なお若い君が妻などに頓着なく、五十に近い僕が・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・で三百の帰った後で、彼は早速小包の横を切るのももどかしい思いで、包装を剥ぎ、そしてそろ/\と紙箱の蓋を開けたのだ。……新しいブリキ鑵の快よい光! 山本山と銘打った紅いレッテルの美わしさ! 彼はその刹那に、非常な珍宝にでも接した時のように、軽・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・滝割の片木で、杉の佳い香が佳い色に含まれていた。なるほどなるほどと自分は感心して、小短冊位の大きさにそれを断って、そして有合せの味噌をその杓子の背で五厘か七厘ほど、一分とはならぬ厚さに均して塗りつけた。妻と婢とは黙って笑って見ていた。今度か・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・彼は又、生きた蛙を捕えて、皮を剥ぎ、逆さに棒に差し、蛙の肉の一片に紙を添えて餌をさがしに来る蜂に与え、そんなことをして蜂の巣の在所を知ったことを思出した。彼は都会の人の知らない蜂の子のようなものを好んで食ったばかりでなく、田圃側に葉を垂れて・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・の動物が太古そのままの姿で、いまもなお悠然とこの日本の谷川に棲息し繁殖し、また静かにものを思いつつある様は、これぞまさしく神ながら、万古不易の豊葦原瑞穂国、かの高志の八岐の遠呂智、または稲羽の兎の皮を剥ぎし和邇なるもの、すべてこの山椒魚では・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・崖から剥ぎ取られたようにすっと落ちた。途中で絶壁の老樹の枝にひっかかった。枝が折れた。すさまじい音をたてて淵へたたきこまれた。 滝の附近に居合せた四五人がそれを目撃した。しかし、淵のそばの茶店にいる十五になる女の子が一番はっきりとそれを・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・運わるく彼の挨拶がむこうの不注意からそのひとに通じなかったときや、彼が昨晩ほね折って貼りつけたばかりの電柱のビラが無慙にも剥ぎとられているのを発見するときには、ことさらに仰山なしかめつらをするのであった。やがて彼は、そのまちでいちばん大きい・・・ 太宰治 「猿面冠者」
出典:青空文庫