・・・が、それよりもさらにつらいのは、そう云う折檻の相間相間に、あの婆がにやりと嘲笑って、これでも思い切らなければ、新蔵の命を縮めても、お敏は人手に渡さないと、憎々しく嚇す事でした。こうなるとお敏も絶体絶命ですから、今までは何事も宿命と覚悟をきめ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・そして後ではたまらない淋しさに襲われるのを知りぬいていながら、激しい言葉を遣ったり、厳しい折檻をお前たちに加えたりした。 然し運命が私の我儘と無理解とを罰する時が来た。どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・せめて、朝に晩に、この身体を折檻されて、拷問苛責の苦を受けましたら、何ほどかの罪滅しになりましょうと、それも、はい、後の世の地獄は恐れませぬ。現世の心の苦しみが堪えられませぬで、不断常住、その事ばかり望んではおりますだが、木賃宿の同宿や、堂・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・私は余り折檻が辛うございますから、確に思い切りますと言うんですけれども、またその翌晩同じ事を言って苦しめられます時、自分でも、成程と心付きますが、本当は思い切れないのでございますよ。 どうしてこれが思い切れましょう、因縁とでも申しますの・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・前年など、かかえられていた芸者が、この娘の皮肉の折檻に堪えきれないで、海へ身を投げて死んだ。それから、急に不評判になって、あの婆さんと娘とがいる間は、井筒屋へは行ってやらないと言う人々が多くなったのだそうだ。道理であまり景気のいい料理店では・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・手と膝頭を擦り剥いただけでしたが、私は手ぶらで帰っても浜子に折檻されない口実ができたと思ったのでしょう、通りかかった人が抱き起しても、死んだようになっていました。 ところが、尋常三年生の冬、学校がひけて帰ってくると、新次の泣声が聴えたの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・質入れしたのだ、ときくまでもなくわかり、私ははじめてあの人を折檻した。自分がヒステリーになったかと思ったくらい、きつく折檻した。しかし、私がそんな手荒なことをしたと言って、誰も責めないでほしい。私の身になってみたら、誰でも一度はそんな風にし・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・蝶子は、もう思う存分折檻しなければ気がすまぬと、締めつけ締めつけ、打つ、撲る、しまいに柳吉は「どうぞ、かんにんしてくれ」と悲鳴をあげた。蝶子はなかなか手をゆるめなかった。妹が聟養子を迎えると聴いたくらいでやけになる柳吉が、腹立たしいというよ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・て峠向うの水に随いてどこまでも下れば、その川は東京の中を流れている墨田川という川になる川だから自然と東京へ行ってしまうということを聞きかじっていたので、何でも彼嶺さえ越せばと思って、前の月のある朝酷く折檻されたあげくに、ただ一人思い切って上・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・シロオテは屋敷の奴婢、長助はる夫婦に法を授けたというわけで、たいへんいじめられた。シロオテは折檻されながらも、日夜、長助はるの名を呼び、その信を固くして死ぬるとも志を変えるでない、と大きな声で叫んでいた。 それから間もなく牢死した。下策・・・ 太宰治 「地球図」
出典:青空文庫