・・・するとすぐに折り返して、三浦から返事が届きましたが、見るとその日は丁度十六夜だから、釣よりも月見旁、日の暮から大川へ舟を出そうと云うのです。勿論私にしても格別釣に執着があった訳でもありませんから、早速彼の発議に同意して、当日は兼ねての約束通・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・返事は折返し届いて、お前の筆端には自殺を楽むような精神が仄見える。家計の困難を悲むようなら、なぜ富貴の家には生れ来ぬぞ……その時先生が送られた手紙の文句はなお記憶にある……其の胆の小なる芥子の如く其の心の弱きこと芋殻の如し、さほどに・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・此処にそれ、はじめの一冊だけ、ちょっと表紙に竹箆の折返しの跡をつけた、古本の出物がある。定価から五銭引いて、丁どに鍔を合わせて置く。で、孫に持って行って遣るが可い、と捌きを付けた。国貞の画が雑と二百枚、辛うじてこの四冊の、しかも古本と代った・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 折返して直ぐ返事を出し、それから五、六日して或る夕刻、再び花園町を訪問した。すると生憎運動に出られたというので、仕方がなしに門を出ようとすると、入れ違いに門を入ろうとして帰り掛ける私を見て、垣に寄添って躊躇している着流しの二人連れがあ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・なお御面倒でしょうが、同封のハガキで御都合折り返しお知らせ下さいますようお願いいたします。東京市麹町区内幸町武蔵野新聞社文芸部、長沢伝六。太宰治様侍史。」 月日。「おハガキありがとう。元旦号には是非お願いいたします。おひまがあり・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・相手の人の、おとしの程もわからず、或いは故郷の大先輩かも知れぬのだから、失礼に当らぬよう、言葉使いにも充分に注意した筈である。折返し長いお手紙を、いただいた。それで、わかった。裏の登記所のお坊ちゃんなのである。固苦しく言えば、青森県区裁判所・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・すべてがそのはじめは不精密なる経験の試験的整理を幾重となく折り返し繰り返し重ねて、漸進的に進んで来たものである。その昔、独断と畏怖とが対峙していた間は今日の「科学」は存在しなかった。「自然」を実験室内に捕えきたってあらゆる稚拙な「試み」を「・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ 他のものは又等しく折返して聞いた。「銭入どうかしっちゃった」 其の声はいたく慌てて居た。「あれ落っことしちゃ大変だ、何処へなくしたっけかな」 尚幾度かそこらを闇にすかしても見た。然しそこらにそれが落ちて居る理由がなかっ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・白い毛裏を折り返した法衣を裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色の髪を時々雲のように揺らす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉の形、細き面、なよやかなる頸の辺りに至ま・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫