・・・ きっとあたりを見廻して、そして二、三度あくびをすると豹吉はやがてどこをどう抜けたか、固く扉を閉した筈の会館の中から、するりと抜け出すことに成功した。 昨夜の雨はもうやんでいた。 午前六時といえば、この界隈のビル街もひっそりと静・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・杉並区のはずれでやっとともかくも東京を抜け出すまでが容易でなかった。この町はずれで巡査に呼止められて検査済の札を貼らされたが、一処に止められた他の車に式場へ急ぐらしい角かくしの花嫁の姿も見えたのは気の毒であった。 東京の行政区劃だけは脱・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ あまり自分が熱中しているものだから、家内のものは戯れに「この絵は魂がはいっているから夜中に抜け出すかもしれない」などと言って笑っていた。ところがある晩床の中にはいって鴨居にかけた自画像をながめていると、絵の顔が思いがけもなくまたたきを・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・がグーッとさがる、それで地面の下へ抜け出すという趣向さ。せり上る時はセビロの仁木弾正だね。穴の中は電気灯であかるい。汽車は五分ごとに出る。今日はすいている、善按排だ。隣りのものも前のものも次の車のものも皆新聞か雑誌を出して読んでいる。これが・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫