・・・ 僕はいまだに泣き声を絶たない雌の河童に同情しましたから、そっと肩を抱えるようにし、部屋の隅の長椅子へつれていきました。そこには二歳か三歳かの河童が一匹、何も知らずに笑っているのです。僕は雌の河童の代わりに子どもの河童をあやしてやりまし・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・殊に母は何とか云いながら、良平の体を抱えるようにした。が、良平は手足をもがきながら、啜り上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣く訣を尋ねた。しか・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・その時は先生奮然たる態度で、のぼせるほどな日に、蒼白い顔も、もう酔ったようにかッと勢づいて、この日向で、かれこれ燗の出来ているらしい、ペイパの乾いた壜、膚触りも暖そうな二合詰を買って、これを背広の腋へ抱えるがごとくにして席へ戻る、と忙わしく・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・その真白い大きい大きい花束を両腕をひろげてやっとこさ抱えると、前が全然見えなかった。親切だった、ほんとうに感心な若いまじめな坑夫は、いまどうしているかしら。花を、危ない所に行って取って来て呉れた、ただ、それだけなのだけれど、百合を見るときに・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・若い婦人で小学校の先生らしいのが両腕でものを抱えるような恰好をして拍子をとっている。まだ幼稚園へも行かれないような幼児が多いが、みんな一生懸命に傾聴している。勿論鼻汁を垂らしているのもある。とにかく震災地とは思われない長閑な光景であるが、ま・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ 一日中で一番長い放課時間に、彼女はよく、校舎の後を抱えるようにしてこんもりと茂り、いつも青々としている小高い森へ入って行った。 そこから少し低くなっている彼方を見渡すと、白い小砂利を敷いた細道を越えた向うには、馬ごやしの厚い叢に縁・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 篤は肇の肩を抱える様にして云った。「でもね、 あの女はほんとうに感情家で我ままで御天気屋なんだよ。 そして―― 肇は何とも云わずにひろびろと横わって居る淋しい町を見て居た。「あの人はね、 だれで・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・けれども嬉しそうにその美くしい裾をヒラヒラさして出て抱える様にして部屋に入れました。一時間二時間若い詩人と美くしい三つ年上の女とは夢の様に淡いそして強い香を持った霧に立ち込められた様な柔いそして又つかれた気分で四時間位は夢の様にすぎてしまい・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫