・・・其の機械として対手を見、その快楽から、人格的価値抜きに対手を抱擁する事は愧ずべき事だ。 人が、陥り易い多くの盲目と、忘我とを地獄の門として居る為に、性慾が如何に恐るべき謹むべきものであるかと云うことは、昔の賢者の云った通りである。 ・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・彼等の或るものは、昔その母が彼女を胸に抱きしめたように幼い子供を抱擁して、前線へ出発して行く良人の傍を並んで歩いて行っているであろう。それを眺める父と母たちの思い、彼等に何を想起させ、何を望ませているであろうか。ヨーロッパの天地は再び震撼し・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・ 真心から彼女を抱擁するが故に、真心から彼女を打つかもしれません。そして、心は悲しみに満ちながら、彼女のかねて予想した結果にまで事を運んでしまうのでございます。 斯ういう事情があっても、良人が自分を虐待するという為に訴訟し弁護され、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ああ、これこそわれら働く若い男女の愛の希望と互にうなずける社会的解決があって、抱擁し接吻しているのだろうか。それとも、職業もない、空腹がある、そして幻滅が大きい。せめては、こんな気分でも、と、輸入映画のひもじい複製でなぐさめているのであろう・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・打ち顫える抱擁と思い入った瞳を思い起せば私は 心もなえ獣となって 此深い驚異すべき情に浸りたいとさえ思う。けれどもわが ひとよ!わが ひとよ!ああ 貴方は。――神よ。私は授けられた貴方・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・彼女は、幸福に優しく抱擁される代りに、恐ろしく冷やかに刺々しい不調和と面接し、永い永い道連れとならなければならなかったのである。 以前より、自分の正しいと信じるところに勇ましくなった彼女は、あなたはどう思いますという問に対して、正直に、・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・町の空気に、それ位ひろい伝統的な抱擁力がある証拠と思う。 いよいよ今日は立たなければならないという日。雲は断れたが、強い風が出た。すっかり霽れ上ったというのでもない。思い出したように大粒な雨が風と一緒に横なぐりにかかる。 Y、「・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・の天地は、古代芸術の香りを慕って来る者をほんとに心ゆく迄、抱擁して呉れます。 そして、その土地の人達も、曾て憤りという気持を起した事のない程平和な、亦保守的生活を続けている。恐らく彼等の生活は奈良朝時代から、一歩も進んでいないように見受・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・その問題を抱擁し、こなし、芸術的表現を与えた作者の、芸術家として純一な、全人的な燃焼と昂揚とに感動させられるのでございます。最も貴女らしい文字を透して、私共は、貴女に成り切った貴女の御心を読ませられます。その時、貴女というものは、他の追従を・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・ソヴェト権力は、この巨大な新建設の要求のために、ドシドシ有能な市民の自発性を抱擁した。その新しい社会の働きてとしての価値においては男、女の旧い区別は消されている。 セイフリナは十月革命の時にもう舞台をやめて、オレンブルグ地方で図書館監督・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
出典:青空文庫