・・・ 大正年間の大噴火に押し出した泥流を被らなかったと思われる部分の山腹は一面にレモン黄色と温かい黒土色との複雑なニュアンスをもって彩られた草原に白く曝された枯木の幹が疎らに点在している。そうして所々に露出した山骨は青みがかった真珠のような・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・新しいパレットに押し出した絵の具のなまなましい光とにおいは強烈に昔の記憶を呼び起こさせた。長い筆の先に粘い絵の具をこねるときの特殊な触感もさらに強く二十余年前の印象を盛り返して、その当時の自分の室から庭の光景や、ほとんど忘れかかった人々の顔・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・これによると、最後の氷河期の氷河が崑崙の北麓に押し出して来て今のコータンの近くに堆石の帯を作っている。この氷河が消失して、従って新疆地方に灌漑する川々の水量が少なくなり、そのために土壌がかわき上がって今のような不毛の地になったらしい。この地・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・みんなもセロをむりにゴーシュに持たせて扉をあけるといきなり舞台へゴーシュを押し出してしまいました。ゴーシュがその孔のあいたセロをもってじつに困ってしまって舞台へ出るとみんなはそら見ろというように一そうひどく手を叩きました。わあと叫んだものも・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・と娘を押し出してコルベット卿がロンドンを出るのを止めさせにやる。こういう場面で、私たちのまわりの現実にありふれた年寄りは、マア、お前、店だってこんなに流行っているのに今更何も云々とか、もう年ごろの娘がいるのにとか、とかく云うであろう。ジェニ・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・自分というものを押し出したような強さではなくて、宗達は自然、動物、人間それぞれなりの充実感によりそって行って、そこへはまり込み、芸術に吸収して来ているのである。 自然人らしくさえある宗達が、画面に様式化を創めたのは興味深い。彼にとっては・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ というスローガンを文化科学の全面に押し出しているのである。 イタリーでは今「脱出の文学」ということが云われているそうである。アフリカという土地に於て、そこの新しい条件に立ってモラルも、行動も、世界観も新しい価値を伴って組織し直さるべき・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・いかにもくっきりと、よかれあしかれ特徴を押し出して銀幕の上に自身を活かし切るようなひとは、これからにその出現を期待すべきことであろうと思う。〔一九三九年七月〕 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・そして、それが、各々の作家たちを新しい道に押し出し或は文学に初登場させたばかりでなく、それから後につづく十年の間にそれらの作家たちが時代の推移につれて激しく社会と文学とに揉みぬかれなければならなかった。その時に当って、各作家が自身のものとし・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・真に科学的にその病原を追究して、科学の方法によって治療することを知っている医者を求める、癒りたい、という欲求をはっきり押し出して、医者をさがす。それこそ人間の当然のやりかたである。人民の社会生活が戦争犯罪的権力によって破壊された今日、それを・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
出典:青空文庫