・・・蒸上り、抽出る。……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢をめさるるごとく、影朧に、のほのほと並んだ時は、陰気が、緋の毛氈の座を圧して、金銀のひらめく扇子の、秋草の、露も砂子も暗かった。 女性の山伏は、いやが上に美しい。 ああ、窓に稲妻がさす・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・は違い、場末のこの辺は、麓の迫る裾になり、遠山は波濤のごとく累っても、奥は時雨の濃い雲の、次第に霧に薄くなって、眉は迫った、すすき尾花の山の端は、巨きな猪の横に寝た態に似た、その猪の鼻と言おう、中空に抽出た、牙の白いのは湖である。丘を隔てて・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・と背後むきに、戸棚へ立った時は、目を圧えた手を離して、すらりとなったが、半紙を抽出して、立返る頭髪も量そうに褄さきの運びとともに、またうなだれて、堪兼ねた涙が、白く咲いた山茶花に霜の白粉の溶けるばかり、はらはらと落つるのを、うっかり紙にうけ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・(腹がけのどんぶりより、錆びたるナイフを抽出画家 ああ、奥さん。夫人 この人と一所に行くのです。――このくらいなものを食べられなくては。……人形使 やあ、面白い。俺も食うべい。画家 (衝と立ちて面――南無大師遍照金剛・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ ところが、大宝寺小学校の高等科をやがて卒業するころ、仏壇の抽出の底にはいっていた生みの母親の写真を見つけました。そして、ああ、この人やこの人やというおきみ婆さんの声を聴きながら、じっとその写真を見ているうちに、私は家を出て奉公する決心・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・粉薬と水薬をくれたが、随分はやらぬ医者らしく、粉薬など粉がコチコチに乾いて、ベッタリと袋にへばりつき、何年も薬局の抽出の中に押しこんであったのをそのまま取り出して、呉れたような気がして、なにか頼りなかったが、しかし道子は姉がそれを服む時間が・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・あの抽出し見たか」信子は見たと言った。「勝子がまた蔵い込んどるんやないかいな。いっぺん見てみ」兄がそんなに言って笑った。勝子は自分の抽出しへごく下らないものまで拾って来ては蔵い込んでいた。「荷札ならここや」母がそう言って、それ見たか・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・おふくろが満足したのは、トシエが二タ棹の三ツよせの箪笥に、どの抽出しへもいっぱい、小浜や、錦紗や、明石や、――そんな金のかかった着物を詰めこんで持って来たからである。虹吉が満足したのは、彼の本能的な実弾射撃が、てき面に、一番手ッ取り早く、功・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・苧ごけの中に苧は一杯あるのだが、抽出して宜い糸口が得られぬ苦みである。いや糸口はハッキリして居て、それを引っぱり出しさえすれば埒は明くのだが、それを引出すことは出来なくて、強いて他の糸口、それは無いに定まっている糸口を見出さなくてはならぬの・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ これだけのわずかな要点を抽出して考えても歌麿以前と以後の浮世絵人物画の区別はずいぶん顕著なものである。 たとえば豊国などでも、もう線の節奏が乱れ不必要な複雑さがさらにそれを破壊している。試みに豊国の酒樽を踏み台にして桜の枝につ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
出典:青空文庫