・・・ 薬を売り歩くものには、多年目に馴れた千金丹を売るもの、定斎の箱を担うものがある。千金丹を売るものが必手に革包を提げ蝙蝠傘をひらいて歩いたのは明治初年の遺風であろう。日露戦争の後から大正四五年の頃まで市中到処に軍人風の装をなし手風琴を引・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・漂母が一飯の恵と雖一たび之を受ければ恩義を担うことになるからである。 僕は忍ばねばならぬことは之を忍び、避けねばならぬことは之を避けた。僕としては聊考慮を費したつもりである。拙著の版権問題について賠償金の事を山本さんに一任したのは、累禍・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・天下に夜中棺桶を担うほど、当然の出来事はあるまいと、思い切った調子でコツコツ担いで行く。闇に消える棺桶をしばらくは物珍らし気に見送って振り返った時、また行手から人声が聞え出した。高い声でもない、低い声でもない、夜が更けているので存外反響が烈・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・而して一つの特殊的世界と云うものが構成せられるには、その中心となって、その課題を担うて立つものがなければならない。東亜に於て、今日それは我日本の外にない。昔、ペルシヤ戦争に於てギリシヤの勝利が今日までのヨーロッパ世界の文化発展の方向を決定し・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・こいねがわくは吾が党の士、千里笈を担うてここに集り、才を育し智を養い、進退必ず礼を守り、交際必ず誼を重じ、もって他日世になす者あらば、また国家のために小補なきにあらず。かつまた、後来この挙に傚い、ますますその結構を大にし、ますますその会社を・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・りここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろいつつ一個の袱包を浮世のかたみに担うて飄然と大磯の客舎を出でたる後は天下・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・そして歴史の発展を担う進歩的階級――即ち今日ではプロレタリア階級の側に立って、社会を正しくする仕事に協力するのでなければ婦人作家も正しい発展を期することは出来ません。 知識を合理的に発達させる社会、情操を自由に伸びさせる社会、それは社会・・・ 宮本百合子 「婦人作家の「不振」とその社会的原因」
・・・ 亀井氏の説に従えばレーニンは未来を担う子供達を愛称しながら「遙かなる憧れ」としてそれを抱いていたから「スターリンは権力をもってマルクス・レーニンの芸術的意志を民衆に強制すべきである。マルクス・レーニンの次に来るものは奴隷なき希臘主義者・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・またわれわれに対して意味価値を持つのは必ず人相であるが、しかしそれは顔として意味価値を担うのである。――ちょうどこれと同じようなことが個性と人間とについてもいわれ得る。個性なくして人間はない。しかしいかに特異な個性も全体としての人間である。・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫