・・・ 人指指と拇指でまるで針のめどの様な穴を作ったり、両手を後の方まで跳ね飛ばして非常な大きさを示しました。 弟は一寸面白い顔をして居ますけれ共真面目なので、私の問いに答える時々にはきっと云う言葉さえ気をつけて居るかの様に落ついて居・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・棒の扱いかたや、左手の拇指と小指とに独得な力のこめかたをして、オーケストラに呼びかけてゆく癖など、ワインガルトナーそっくりである。けれども、専門的な言葉ではああいうのを何というか、カルメン夫人はオーケストラから各部分の音をそれぞれの独自的な・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・と右手の拇指を見せた。「あら!」 友達は真顔になって、「いつ出来たの?」ときいた。「いつだか。――何年かの間にいつの間にか出来ちゃった。変でしょう? 三つもこんな魚の目みたいなものが拇指にばっかり出来るなんて……」・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
・・・ 菊太は幾度も幾度も頭をさげて、乾いた筆の先を歯でつぶしてうすい墨を少しつけて蚯蚓の様な、消え消えな字をのたくらせて井出菊太と書いた下へ拇指を墨につけて印変りにする。 その間、祖母は一言もきかず、菊太の前にしゃがんでのろのろと動く手・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・つかみ針で、左手の拇指と人さし指のはらでおさえた布の方へ針をぶつけてゆくようなぎごちない手つきで、しかし一針一針と縫ってゆく。はじめ笑って見ていた口元がかすかに震えて来て、ひろ子は深く唇をかんだ。口許を力ませるような表情で、濃い睫毛を伏せ、・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・首相に就任したときの軍装写真で、何となく下げている右手の拇指と人さし指をひとりでに軽く円くよせて、丁度仏さんの右手を下へ垂れたような工合になっていたのが、目にのこっている。あれは、このひとの粗笨でない心の或るリズムを語っているように感じた。・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・ 花房は佐藤にガアゼを持って来させて、両手の拇指を厚く巻いて、それを口に挿し入れて、下顎を左右二箇所で押えたと思うと、後部を下へぐっと押し下げた。手を緩めると、顎は見事に嵌まってしまった。 二十の涎繰りは、今まで腮を押えていた手拭で・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫