・・・僕等は、――殊にO君は拍子抜けのしたように笑い出した。「この方が反って蜃気楼じゃないか?」 僕等の前にいる「新時代」は勿論彼等とは別人だった。が、女の断髪や男の中折帽をかぶった姿は彼等と殆ど変らなかった。「僕は何だか気味が悪かっ・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に可笑しさよりも寧ろはかなさを感じた。 僕等は終点で電車を下り、注連飾りの店など出来た町を雑司ヶ谷の墓地へ歩いて行った。 大銀杏の葉の落ち尽した墓地は不相変きょうもひっそりしていた。幅・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ 三 が、拍子抜けのした事は夥多しい。 ストンと溝へ落ちたような心持ちで、電車を下りると、大粒ではないが、引包むように細かく降懸る雨を、中折で弾く精もない。 鼠の鍔をぐったりとしながら、我慢に、吾妻橋の方・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・けれども宿に落ちつき、その宿の女中たちの言葉を聞くと、ここもやっぱり少年の生れ故郷と全く同じ、津軽弁でありましたので、少年はすこし拍子抜けがしました。生れ故郷と、その小都会とは、十里も離れていないのでした。 中学校へはいってからは、校規・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・という女のように優しい素直な返事が二階の障子の奥から聞えて来たので、私は奇妙に拍子抜けがした。いやしくも熊本君ともあろうものが、こんな優しい返事をするとは思わなかった。青本女之助とでも改名すべきだと思った。「佐伯だあ。あがってもいいかあ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・実に、拍子抜けがすると思う。その人の脳裡に在るのは、夏目漱石、森鴎外、尾崎紅葉、徳富蘆花、それから、先日文化勲章をもらった幸田露伴。それら文豪以外のひとは問題でないのである。それは、しかし、当然なことなのである。文豪以外は、問題にせぬという・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・狡智の極を縦横に駆使した手紙のような気がしていたのですが、いま読んでみて案外まともなので拍子抜けがしたくらいです。だいいち、あなたにこんなに看破されて、こんな、こんな、」まぬけた悪鬼なんてあるもんじゃない、と言おうとしたのだが言えなかった。・・・ 太宰治 「誰」
出典:青空文庫