・・・いかなる詭弁も拒むことのできない事実の成り行きがそのあるべき道筋を辿りはじめたからだ。国家の権威も学問の威光もこれを遮り停めることはできないだろう。在来の生活様式がこの事実によってどれほどの混乱に陥ろうとも、それだといって、当然現わるべくし・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・これを要するに氏の僕に言わんとするところは、第四階級者でなくとも、その階級に同情と理解さえあれば、なんらかの意味において貢献ができるであろうに、それを拒む態度を示すのは、臆病な、安全を庶幾する心がけを暴露するものだということに帰着するようだ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・主翁は黙して語らざるべし。再び聞かれよ、強いられよ、なお強いられよ。主翁は拒むことあたわずして、愁然としてその実を語るべきなり。 聞くのみにてはあき足らざらんか、主翁に請いて一室に行け。密閉したる暗室内に俯向き伏したる銀杏返の、その背と・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・僕は中学校を卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えな・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・マルクスの如く歴史の発展を物力の必然として人間の道徳的努力の参与を拒むことは、たといその結果が理想社会に到達しようと、人間性を侮蔑するものである。改革の手段に暴力を用いる用いないの点よりも、この人間の特性の貶斥は最も許し難き冒涜である。人間・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・女を妻に迎えたからである。私は、仲間を裏切りそのうえ生きて居れるほどの恥知らずではなかった。私は、私を思って呉れていた有夫の女と情死を行った。女を拒むことができなかったからである。そののち、私は、現在の妻を迎えた。結婚前の約束を守ったまでの・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・来るものがあったら拒むまいと思いながら年を送る中、いつか四十を過ぎ、五十の坂を越して忽ち六十も目睫の間に迫ってくるようになった。世には六十を越してから合の式を挙げる人もままあると聞いているから、わたくしの将来については、わたくし自身にも明言・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・是亦車中百花園行を拒むもののなかった理由であろう。わたくし達は、又日々社会の新事物に接する毎に絶間なく之に対する批判の論を耳にしている。今の世は政治学芸のことに留らず日常坐臥の事まで一として鑑別批判の労をからなくてはならない。之がため鑑賞玩・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・つまり一つの型を永久に持続する事を中味の方で拒むからなんでしょう。なるほど一時は在来の型で抑えられるかも知れないが、どうしたって内容に伴れ添わない形式はいつか爆発しなければならぬと見るのが穏当で合理的な見解であると思う。 元来この型その・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・何故に神の恩恵を拒むのであるか。速にこれを悔悟して従順なる神の僕となれ。」 博士は最後に大咆哮を一つやって電光のように自分の席に戻りそこから横目でじっと式場を見まわしました。拍手が起りましたが同時に大笑いも起りました。というのは私たちは・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫