・・・が、文字にする時は兎に角、わたしの口ずから話したはいずれも拙劣を極めたものだった。 又 わたしは第三者と一人の女を共有することに不平を持たない。しかし第三者が幸か不幸かこう云う事実を知らずにいる時、何か急にその女に憎悪を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・彼等の技術は最高のものと言われているかも知れないが、しかし、いつかは彼等の技術を拙劣だとする時代が来ることを、私は信じている。 私はことさらに奇矯な言を弄しているのでもなければ、また、先輩大家を罵倒しようという目的で、あらぬことを口・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 田島は窮して、最もぶざまで拙劣な手段、立っていきなりキヌ子に抱きつこうとした。 グワンと、こぶしで頬を殴られ、田島は、ぎゃっという甚だ奇怪な悲鳴を挙げた。その瞬間、田島は、十貫を楽々とかつぐキヌ子のあの怪力を思い出し、慄然として、・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 隣部屋で縫物をしていた妻が、あとで出て来て、私の応対の仕方の拙劣を笑い、商人には、うんと金のある振りを見せなければ、すぐ、あんなにばかにするものだ、四円が痛かったなど、下品なことは、これから、おっしゃらないように、と言った。・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・というものであった。拙劣さである。不器用さである。文化の表現方法の無い戸惑いである。私はまた、自身にもそれを感じた。けれども同時に私は、それに健康を感じた。ここから、何かしら全然あたらしい文化そんなものが、生れるのではなかろうか。愛情のあた・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・(借金の手紙として全く拙劣を極むるものと認む。要するに、微塵「これはひどいですねえ。」私は思わず嘆声を発した。「ひどいだろう? 呆れたろう。」「いいえ、あなたの朱筆のほうがひどいですよ。僕の文章は、思っていた程でも無かった。狡智・・・ 太宰治 「誰」
・・・そうして、はなはだ拙劣な、無能きわまる一法を案出した。あわれな窮余の一策である。私は、とにかく、犬に出逢うと、満面に微笑を湛えて、いささかも害心のないことを示すことにした。夜は、その微笑が見えないかもしれないから、無邪気に童謡を口ずさみ、や・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・それは皆、拙劣きわまる演技でしかない。稲妻。あー こわー なんて男にしがみつく、そのわざとらしさ、いやらしさ。よせやい、と言いたい。こわかったら、ひとりで俯伏したらいいじゃないか。しがみつかれた男もまた、へたくそな手つきで相手の肩を必要以上・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・しかも頗る、操作拙劣の兵である。私ひとり参加した為に、私の小隊は大いに迷惑した様子であった。それほど私は、ぶざまだった。けれども、実に不慮の事件が突発した。査閲がすんで、査閲官の老大佐殿から、今日の諸君の成績は、まずまず良好であった。という・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・私は、貴下の無学あるいは文章の拙劣、あるいは人格の卑しさ、思慮の不足、頭の悪さ等、無数の欠点をみとめながらも、底に一すじの哀愁感のあるのを見つけたのです。私は、あの哀愁感を惜しみます。他の女の人には、わかりません。女のひとは、前にも申しまし・・・ 太宰治 「恥」
出典:青空文庫