・・・ 三 陣中の芝居 明治三十八年五月四日の午後、阿吉牛堡に駐っていた、第×軍司令部では、午前に招魂祭を行った後、余興の演芸会を催す事になった。会場は支那の村落に多い、野天の戯台を応用した、急拵の舞台の前に、天幕を張り渡・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・……秋の招魂祭の、それも真昼間。両側に小屋を並べた見世ものの中に、一ヶ所目覚しい看板を見た。 血だらけ、白粉だらけ、手足、顔だらけ。刺戟の強い色を競った、夥多の看板の中にも、そのくらい目を引いたのは無かったと思う。 続き、上下におよ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・私は今春、招魂祭の夜の放送を聞いて、しみじみと思ったのである。近代の知性は冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成さ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・「アメリカにも、招魂祭があるのかしら。」 とそのひとが言った。「招魂祭の花なの?」 そのひとは、それに答えず、「墓場の無い人って、哀しいわね。あたし、痩せたわ。」「どんな言葉がいいのかしら。お好きな言葉をなんでも言っ・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・ それは美しい秋晴の日であったが、ちょうど招魂社の祭礼か何かの当日で、牛込見附のあたりも人出が多く、何となしにうららかに賑わっていた。会場の入口には自動車や人力が群がって、西洋人や、立派な服装をした人達が流れ込んでいた。玄関から狭い廊下・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 質屋の店を出て、二人は嘆息しながら表通を招魂社の鳥居の方へと歩いて行った。万源という料理屋の二階から酔客の放歌が聞える。二人は何というわけとも知らず、その方へと歩み寄ったが、その時わたしはふと気がついて唖々子の袖を引いた。万源の向側な・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて行って、それから招魂社の能へ誘うと云うんだから、あなたは偉い。実際善人か悪人か分らない。 私は妙な性質で、寄席興行その他娯楽を目的とする場所へ行って坐っていると、その間に一種荒涼な感じが起るんです。・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・いっそここへ泊まるほうが楽だろうと思って、じゃあいたへやへ案内してくれと言うと、番頭はまたおじぎを一つして、まことにお気の毒さまでございますが、招魂祭でどのへやもふさがっておりますのでとていねいに断わった。自分は傘を突いたまましばらく玄関の・・・ 夏目漱石 「手紙」
出典:青空文庫