・・・その証拠には御寺御寺の、御仏の御姿を拝むが好い。三界六道の教主、十方最勝、光明無量、三学無碍、億億衆生引導の能化、南無大慈大悲釈迦牟尼如来も、三十二相八十種好の御姿は、時代ごとにいろいろ御変りになった。御仏でももしそうとすれば、如何かこれ美・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・赤坊が泣きやんで大きな眼を引つらしたまま瞬きもしなくなると、仁右衛門はおぞましくも拝むような眼で笠井を見守った。小屋の中は人いきれで蒸すように暑かった。笠井の禿上った額からは汗の玉がたらたらと流れ出た。それが仁右衛門には尊くさえ見えた。小半・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・こんどあいつらは生まれてはじめて画というものを拝むんだ。うんと高く売りつけてやるんだなあ。沢本 そうすると、俺たちはうんと飯を食って底力を養うことができるぞ。青島 そうだ。沢本 ああ早く我らの共同の敵なるフィリスティンども・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・って、あれ、きゃア、ワッと言う隙あらばこそ、見物、いや、参詣の紳士はもとより、装を凝らした貴婦人令嬢の顔へ、ヌッと突出し、べたり、ぐしゃッ、どろり、と塗る……と話す頃は、円髷が腹筋を横によるやら、娘が拝むようにのめって俯向いて笑うやら。ちょ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と茶の間で仏壇を拝むが日課だ。お来さんが、通りがかりに、ツイとお位牌をうしろ向けにして行く……とも知らず、とろんこで「御先祖でえでえ。」どろりと寝て、お京や、蹠である。時しも、鬱金木綿が薄よごれて、しなびた包、おちへ来て一霜くらった、大角豆・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様といやア拝むのさ。 それにどうだろう。お互の情を通じあって、恋の橋渡をおしじゃあないか。何の事はない、こり・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・子を、そんな事でも聞かせましたら、夜が寝られぬほど心持を悪くするだろうと思いますから、私もうっかりしゃべりませんでございますから、あの女はただ汚い変な乞食、親仁、あてにならぬ卜者を、愚痴無智の者が獣を拝む位な信心をしているとばかり承知をいた・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そこで車を留めたが、勿論、拝む癖に傲然たる態度であったという。それもあとで聞いたので、小県がぞッとするまで、不思議に不快を感じたのも、赤い闖入者が、再び合掌して席へ着き、近々と顔を合せてからの事であった。樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼くなりて、「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」 と誠心籠めたる強き声音も、いかでか叔母の耳に・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・人形を桑の一木に立掛け、跪いて拝む。かくてやや離れたる処にて、口の手拭御新造様。そりゃ、約束の通り遣って下せえ。(足手を硬直し、突伸べ、ぐにゃぐにゃと真俯向けに草に俯夫人 ほんとうなの、爺さん。人形使 やあ、嘘にこんな真似が出来るも・・・ 泉鏡花 「山吹」
出典:青空文庫