・・・飯を炊く。拭き掃除をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱を背負って伴をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝な奉公人は、日本中探してもありますまい。 が、とうとう二十年たつと、権助はまた来た時の・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・襷がけでこそこそ陳列棚の拭き掃除をしている柳吉の姿は見ようによっては、随分男らしくもなかったが、女たちはいずれも感心し、維康さんも慾が出るとなかなかの働き者だと思った。 開店の朝、向う鉢巻でもしたい気持で蝶子は店の間に坐っていた。午頃、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・丁度、彼女は二階の縁側の拭き掃除が終って、汚れ水の入ったバケツを提げて立ったまゝ屋根ごしに近所の大きな屋敷で樹を植え換えているのを見入っているところだった。園子は、ばあさんがもう下へおりてしまったつもりで、清三に相談したものらしかった。・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ いままで拭き掃除していたものらしく、箒持って、手拭いを、あねさん被りにしたままで、「どうぞ。」と、その女中は、なぜか笑いながら答え、私にスリッパをそろえてくれた。 金屏風立てて在る奥の二階の部屋に案内された。割烹店は、お寺のよ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・仏頂づらして足音も荒々しく、部屋へかえると、十七、八の、からだの細長い見なれぬ女中が、白いエプロンかけて部屋の拭き掃除をしていた。 笠井さんを見て、親しそうに笑いながら、「ゆうべ、お酔いになったんですってね。ご気分いかがでしょう。」・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・栄一にばかり、ひどく難儀な用事を言いつけて、あたしには拭き掃除さえろくにさせてくれないのだもの。だからあたしも意地になって、うんと我儘をしようと考えたのよ。思いっきりお行儀を悪くして、いけない事ばかりしてやろうという気になっちゃったのよ。だ・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・落ちぶれたと言っても、さすがに、きちんとした二部屋のアパートにいたが、いつも隅々まで拭き掃除が行きとどき、殊にも台所の器具は清潔であった。第二には、そのひとは少しも私に惚れていない事であった。そうして私もまた、少しもそのひとに惚れていないの・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・伯母は家の中の拭き掃除をするとき、お茶や生花の師匠のくせに一糸も纏わぬ裸体でよく掃除をした。ある時弟子の家の者が歳暮の餅を持ってがらりと玄関の戸を開けて這入って来た時、伯母は、ちょうどそこの縁側を裸体で拭いていた。私ははらはらしてどうするか・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫