・・・ 主役のすみれ娘はオリジナルな愛嬌と頭脳の持主らしく随所に一種の俳諧を発揮しているようである。若返りの博士はからだでする表情をもう少し腹の中へしまい込んだ方がこの映画の俳諧的雰囲気に相応わしいのでないかと思われた。これに比べると金満家と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・自分のようなものにはこの劇中でいちばんかわいそうなは干物になった心臓の持ち主すなわちにんじんのおかあさんであり、いちばん幸福なのは動物にまでも同情されるにんじんである。そうして一等いい子になってもうけているのは世間の「父」の代表者であるとこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・お絹は二人を迎えたが、母親とはまた違って、もっときゃしゃな体の持主で、感じも瀟洒だったけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ある時は盾の裏にかくるる持主をさえ呪いはせぬかと思わるる程怖しい。頭の毛は春夏秋冬の風に一度に吹かれた様に残りなく逆立っている。しかもその一本一本の末は丸く平たい蛇の頭となってその裂け目から消えんとしては燃ゆる如き舌を出している。毛と云う毛・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ペリカンは余の要求しないのに印気を無暗にぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出して貰わなければ済まない時、頑として要求を拒絶したり、随分持主を虐待した。尤も持主たる余の方でもペリカンを厚遇しなかったかも知れない。無精な余は印気がなく・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐るときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけな・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・この稲田に注がれている農村の女の労働力はいかばかりかしれないのに、日本の家族制度では、女は馬の次に考えられ、かあさんたちの一人もこの稲田の持ち主ではないだろう。働く婦人が、まっさきに勘定されるのはクビキリの場合だけである。これは国鉄にはっき・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・三右衛門の創を受けた現場にあった、癖者の刀は、役人の手で元の持主五瀬某に見せられた。 二十八日に三右衛門の遺骸は、山本家の菩提所浅草堂前の遍立寺に葬られた。葬を出す前に、神戸方で三右衛門が遭難当時に持っていた物の始末をした時、大小も当然・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・身に着いたのは浅紺に濃茶の入ッた具足で威もよほど古びて見えるが、ところどころに残ッている血の痕が持主の軍馴れたのを証拠立てている。兜はなくて乱髪が藁で括られ、大刀疵がいくらもある臘色の業物が腰へ反り返ッている。手甲は見馴れぬ手甲だが、実は濃・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ほとんど芸術を持たなかった野蛮人が、たちまちにして生にあふれた芸術品の持ち主となったのだから。 試みに見よ。その円い滑らかな肩の美しさ。清楚なしかもふくよかなその胸の神々しさ。清らかな、のびのびした円い腕。肢体を包んで静かに垂直に垂れた・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫