・・・ことに、了哲が、八朔の登城の節か何かに、一本貰って、嬉しがっていた時なぞは、持前の癇高い声で、頭から「莫迦め」をあびせかけたほどである。彼は決して銀の煙管が欲しくない訳ではない。が、ほかの坊主共と一しょになって、同じ煙管の跡を、追いかけて歩・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ しかし父はその持ち前の熱心と粘り気とを武器にしてひた押しに押して行った。さすがに商魂で鍛え上げたような矢部も、こいつはまだ出くわさなかった手だぞと思うらしく、ふと行き詰まって思案顔をする瞬間もあった。「事業の経過はだいたい得心が行・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 小娘は釣をする人の持前の、大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て、屹然として立っている。そして魚を鉤から脱して、地に投げる。 魚は死ぬる。 湖水は日の光を浴びて、きらきらと輝いて、横わっている。柳の、日に蒸されて腐る水草・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・白い女の持ち前で顔は紅に色どってあるようだ。口びるはいつでも「べに」をすすったかとおもわれる。沢山な黒髪をゆたかに銀杏返しにして帯も半襟も昨日とは変わってはなやかだ。どう見てもおとよさんは隣の清さんが嫁には過ぎてる。おとよさんの浮かない顔す・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・もとより勝ち気な女の持ち前として、おとよがかれこれ言うたから省作は深田にいないと世間から言われてはならぬと、極端に力を入れてそれを気にしていた。それであるから、姉妹もただならぬほど睦まじいおはまがありながら、別後一度も、相思の意を交換した事・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ しかし、割合いにすれていない主人のことであるし、またその無愛嬌なしがみッ面は持ち前のことであるから、思ったままを言ったのだろうと推察してやれば、僕も多少正直な心になった。「どうともして」とは、実際、何とか工面をしなければならないの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この俗曲論は日本の民族性の理解を基礎として立てた説であるが、一つは両親が常磐津が好きで、児供の時から聴き馴れていたのと、最一つは下層階級に味方する持前の平民的傾向から自然にこれらの平民的音曲に対する同感が深かったのであろう。 二葉亭は洋・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・が、結局持前の陽気好きの気性が環境に染まって是非に芸者になりたいと蝶子に駄々をこねられると、負けて、種吉は随分工面した。だから、辛い勤めも皆親のためという俗句は蝶子に当て嵌らぬ。不粋な客から、芸者になったのはよくよくの訳があってのことやろ、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・敷地の買上、その代価の交渉、受負師との掛引、割当てた寄附金の取立、現金の始末まで自分に為せられるので、自然と算盤が机の上に置れ通し。持前の性分、間に合わして置くことが出来ず、朝から寝るまで心配の絶えないところへ、母と妹とが堕落の件。殊に又ぞ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・と磯は問うたが、この男の持前として驚いて狼狽えた様子は少しも見えない。「磯さん私は最早つくづく厭になった」と言い出してお源は涙声になり「お前さんと同棲になってから三年になるが、その間真実に食うや食わずで今日はと思った日は一日だって有・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫