・・・ まして彼は生れつき其傾向を多分に持ち合わせていた。彼はメランコリックな表情を浮べた。そして、仰向き眼をしぱしぱさせながら何かを考え出した。 やがて、彼は側の小卓子の引き出しから一枚の白紙と鉛筆をとり出した。 さほ子が小一時間の・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 婆さんは、それを働かして少しは自分で自分の行く先に注意を払うだけの脳味噌も持ち合わせていないのであろうか。彼女の質問のしぶりには、彼女が混んだ電車に乗り合わせた時、ほんの三寸の隙間をも見つけて、そこへ小さからぬ尻から割り込んで掛けずに・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ 工場に働く労働者とまるで伝統が違い感情もちがう多数の富農・中農民は、永年に亙る非人間的生活にうちのめされ、個人的な打算以外の考えかたを持ち合わせていない。「十月」を自己流に考えて得だと思ったから、革命的な貧農と共に、のり越えた。が、い・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ くだらない俗人女か頓智一つ持ち合わせない職場の棒杭かじゃないか! そういう無智な圏境で――カーチャ! カーチャは腕時計をのぞき、それから放ぽり出されている書類入鞄をひろって、フェージャにわたしながら云った。 ――さ! この報告は今・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・それ故、長逗留をし、縁故を辿って気永く研究しようとする篤志家は兎も角、私のように貧しい予備知識と短い時間しか持ち合わせず、而も、過去の長崎が経験した文化史的活動の実証を一瞥したい者は、永山氏を訪問するらしい。その数は一年を通算すれば決して尠・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 彼女は、今に必要な時気が来れば、きっと結婚することになりましょう、彼女に対して、自分は、幸福を祈る以外の言葉を持ち合わせません。 人間の生活慾は、物凄い迄に強靭なものです。どうにかして彼女の一生は過ぎましょう――が……私共の考える・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・ その上、樅の木にローソクをつけて、三鞭酒をのむというような習慣は子供のときから持ち合わせていない。 橇にのっかって、別の、そこの廊下には絨毯を敷いてあるホテルへ行った。 黒田礼二がドイツから来ている。 コスモポリタンになっ・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・「何事にたいしても仮借しないむきな純一しか持ち合わせていない」と力をこめていい切って、しかも「娘の夢」といわれているもののロマンティックな扮装については自分の内の矛盾として見きわめようとしていない態度を、今日の青年もやはり彼らの夢を育ててく・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
・・・され、蒲生殿意外に思されながら、一応御覧あり、さて実は茶器拝見致したく参上したる次第なりと申され、泰勝院殿御笑いなされ、先きには道具と仰せられ候故、武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならば、それも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・なされ、蒲生殿意外に思されながら、一応御覧あり、さて実は茶器拝見致したく参上したる次第なりと申され、泰勝院殿御笑いなされ、先きには道具と仰せられ候故、武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならばそれも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫