・・・と、初やにお菜の指図をして、「これから当分は何だかさびしいでしょうね。まったく不意にこんなことになったのですよ」と、そろそろ何か言いだしそうであったから、自分はすぐ、「あの豆腐屋の親爺さんは、どういう気であんなに髯を生やしているんで・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ぎりぎりに困惑したら、一言だけ、あなたのお指図をいただきたいと、二十年間、私は、ひそかに、頼みにして生きて来ました。少しでも、いじらしいとお思いになったら、御返事を下さい。二十年間を、決して押売りするわけではございませんが、もういまは、私の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 今は、北さんも中畑さんも、私に就いて、やや安心をしている様子で、以前のように、ちょいちょいおいでになって、あれこれ指図をなさるような事は無くなった。けれども、私自身は、以前と少しも変らず、やっぱり苦しい、せっぱつまった一日一日を送り迎・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・北さんの指図に従っていると間違いないのです。北さんは、まだ兄さんと二階で話をしているようですが、何か、ややこしい事でも起っているんじゃないでしょうか。私たち親子三人、ゆるしも無く、のこのこ乗り込んで、――」「そんな心配は要らないでしょう・・・ 太宰治 「故郷」
・・・嘘か、ほんとか、わかりませんけれど、ずっと以前、東京駅で御災厄にお遭いなされた原敬とは同郷で、しかも祖父のほうが年輩からいっても、また政治の経歴からいっても、はるかに先輩だったので、祖父は何かと原敬に指図をすることができて、原敬のほうでも、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・五月、六月、七月、そろそろ藪蚊が出て来て病室に白い蚊帳を吊りはじめたころ、私は院長の指図で、千葉県船橋町に転地した。海岸である。町はずれに、新築の家を借りて住んだ。転地保養の意味であったのだが、ここも、私の為に悪かった。地獄の大動乱がはじま・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・真鍋さんはしきりに例の口調で指図して湯たんぽを取りよせたり氷袋をよこさせたりした、そして助手を一人よこしてつけてくれた。白い着物をつけた助手は自分の脚の方に椅子へ腰をかけて黙って脇を向いていたが断えず此方に注意していた。看護婦も一人来て頭の・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。 自白すれば私はその四字から新たに出立したのであります。そうして今のようにただ人の尻馬にばかり乗・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・女主人はわざわざ出て来て何か指図をしている。ハンケチに一杯ほど取りためたので、余はきりあげて店へ帰って来た。この代はいくらやろうかというと、代はいりませぬという。しかたがないから、少しばかりの茶代を置いて余は馬の背に跨った。女主人など丁寧に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴をふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中でいろいろ指図をしていました。「そこのその突起・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫