一 婦人は、座の傍に人気のまるでない時、ひとりでは按摩を取らないが可いと、昔気質の誰でもそう云う。上はそうまでもない。あの下の事を言うのである。閨では別段に注意を要するだろう。以前は影絵、うつし絵などで・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・「……風体を、ごらんなさいよ。ピイと吹けば瞽女さあね。」 と仰向けに目をぐっと瞑り、口をひょっとこにゆがませると、所作の棒を杖にして、コトコトと床を鳴らし、めくら反りに胸を反らした。「按摩かみしも三百もん――ひけ過ぎだよ。あいあ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・若竹や――何とか云う句で宗匠を驚したと按摩にまで聞かされた――確に竹の楽土だと思いました。ですがね、これはお宅の風呂番が説破しました。何、竹にして売る方がお銭になるから、竹の子は掘らないのだと……少く幻滅を感じましたが。」 主人は苦笑し・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・お蔦 そりゃ褄を取ってりゃ、鬼が来ても可いけれども、今じゃ按摩も可恐いんだもの。早瀬 可し、大きな目を開いて見ていてやる。大丈夫だ、早く行きなよ。お蔦 あい。互に心合鍵に、早瀬見送る。――お蔦行く。――……………・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ ここに憐れな年とった按摩がありました。毎晩のように、つえをついて、笛を鳴らしながら、町の中を歩いたのでした。按摩は、坂にかかって、地が凍っているものですから、足をすべらしました。そのはずみに、懐中の財布を落とすと、口が開いて、銀貨や、・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・日が暮れると、按摩の笛の音が淋しく聞かれるばかりである。 此の頃来たという美しい女の飴売が、二人の子供を連れて太鼓を叩きながら、田中の方から、昼も、夜も、日に二三回は必ずやって来るが、あまり銭をやるものもないと見えて、じきに行ってしまう・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・という小料理屋の向って左隣りには「大天狗」という按摩屋で、天井の低い二階で五、六人の按摩がお互いに揉み合いしていた。右隣は歯科医院であった。 その歯科医院は古びたしもた家で、二階に治療機械を備えつけてあるのだが、いかにも煤ぼけて、天井が・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ あわてて按摩を雇ったり、見よう見真似の灸をすえてやったりしたが、追っ付かず、「どんな病気もなおして見せる」という看板の手前、恥かしい想いをしながらこっそり医者をよんで診せると、「――こりゃ、神経痛ですよ。まあ、ゆっくり温泉に浸って・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ここも按摩が住んでいるのである。この「宗さん」という按摩は浄瑠璃屋の常連の一人で、尺八も吹く。木地屋から聞こえて来る尺八は宗さんのひまでいる証拠である。 家の入口には二軒の百姓家が向い合って立っている。家の前庭はひろく砥石のように美しい・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・予め心積りをしていた払いの外に紺屋や、樋直し、按摩賃、市公の日傭賃などが、だいぶいった。病気のせいで彼はよく肩が凝った。で、しょっちゅう按摩を呼んでいた。年末にツケを見ると、それだけでも、かなり嵩ばっていた。それに正月の用意もしなければなら・・・ 黒島伝治 「窃む女」
出典:青空文庫