・・・ 騎兵は田口一等卒と一しょに、馬上の将軍を見上げながら、正しい挙手の礼をした。「露探だな。」 将軍の眼には一瞬間、モノメニアの光が輝いた。「斬れ! 斬れ!」 騎兵は言下に刀をかざすと、一打に若い支那人を斬った。支那人の頭は躍・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・Sは挙手の礼をした後、くるりと彼に後ろを向け、ハッチの方へ歩いて行こうとした。彼は微笑しないように努力しながら、Sの五六歩隔った後、俄かにまた「おい待て」と声をかけた。「はい。」 Sは咄嗟にふり返った。が、不安はもう一度体中に漲って・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・それが彼の顔を見ると、突然厳格に挙手の礼をした。するが早いか一躍りに保吉の頭を躍り越えた。彼は誰もいない空間へちょいと会釈を返しながら、悠々と階段を降り続けた。 庭には槙や榧の間に、木蘭が花を開いている。木蘭はなぜか日の当る南へ折角の花・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・自動車が動き出すとお前達は女中に勧められて兵隊のように挙手の礼をした。母上は笑って軽く頭を下げていた。お前たちは母上がその瞬間から永久にお前たちを離れてしまうとは思わなかったろう。不幸なものたちよ。 それからお前たちの母上が最後の気息を・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・気を取り直して、見ると、運転台から降りたT君は、群集の一ばんうしろに立っている私を、いち早く見つけた様子で挙手の礼をしているのである。私は、それでも一瞬疑って、あたりを見廻し躊躇したが、やはり私に礼をしているのに違いなかった。私は決意して群・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・(銅鑼左手より、特務曹長並に兵士六、七、八、九、十 五人登場、一列、壁に沿いて行進、右隊足踏みつつ挙手の礼 左隊答礼。特務曹長「もう二時なのにどうしたのだろう、バナナン大将はまだ来ていないストマクウオッチはもう十・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ぴたッと停った一隊に答礼する栖方の挙手は、隙なくしっかり板についたものだった。軍隊内の栖方の姿を梶は初めて見たと思った。「もう君には、学生臭はなくなりましたね。」と梶は云った。「僕は海軍より陸軍の方が好きですよ。海軍は階級制度がだら・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫