・・・傷は幸いに脚の挫折だけであって、ほかはたいしたことがなく、もとより生命に関するほどではなかったのです。主人はそれ以来、日に幾たびとなく、病院に彼をみまいました。「今日は、気分はどんなだね。」と、たずねました。 賢一は、痛ましくも、頭・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・鉄砂の破片が、顔一面に、そばかすのように填りこんだ者は爆弾戦にやられたのだ。挫折や、打撲傷は、顛覆された列車と共に起ったものだ。 負傷者は、肉体にむすびつけられた不自由と苦痛にそれほど強い憤激を持っていなかった。「俺ら、もう十三寝た・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・うぶで、無邪気で、何事に逢っても挫折しない元気を持っている。物に拘泥しない、思索ということをしない、純血な人間に出来るだけの受用をする。いつも何か事あれかしと、居合腰をしているのである。 それだから金のいること夥だしい。定額では所詮足ら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・あれもやはり造化の妙機であって、ちょうど「鎖骨挫折」のような役目をするためにどこかがどうかなるのかもしれない。 悲しいとき涙腺から液体を放出する。おかしいとき横隔膜が週期的痙攣をはじめる。これも何か、もっとずっと悪い影響を救うための安全・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・彼の人及び芸術家としての壮大な歓び、悲しみ、辛苦、不撓な芸術への献身などは、ルネサンスの花咲きみちた十五世紀の伊太利、その自由都市国家フィレンツェの人民の繁栄及び近代的進歩の挫折の過程と、たちがたい関係をもって互につながり合っているものであ・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・ 当時、一部の文化人と云われる人々は、小林多喜二の貴重な生命が失われたことについて、一語も日本の警察の野蛮さ、無恥さについて憤らず、却って共産党が、あたら小林の才能を挫折させた、という風に批評した。小ざかしげなその種の文章が新聞にいくつ・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
・・・導力に自分たちの運命をまかせたこれらの民族は、ドイツ人民がその悲惨において示しているように、きょうの世界文学の上に、自分たちのおそろしい経験を、人類の最後の悪夢たるべき経験として物語る余力がないまでに挫折させられた。 ソヴェト同盟の文学・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・徴用でいろいろな職場で働き、学徒動員で、生涯の目標を挫折された人も少くなかった。家を焼かれ、肉親と生活の安定を失った人も沢山あるだろう。めいめいの人生に、深い深い傷を受けて、そうして戦は終った。 民主的な日本にしなければならないというポ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・自分たちが嘗てはそのものであった学生、兄や弟や仲間たちが皆そうである学生、よろこんだり悲しんだり不幸をもったりして成長と挫折の可能の間に青春を経験しつつある外ならぬその学生としての感じが、親密に共感をもって伝えられて来ると思う。学生は人間と・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・日本の政権が、こんにち言論を抑圧し、正義をまげて労働者階級を弾圧し、民主的発展を挫折させるために、捏造している幾つかの政治的事件の裁判でのように、人民の基本的人権さえも法律によってふみにじられることはあり得ないからです。 一九四九年十月・・・ 宮本百合子 「宋慶齢への手紙」
出典:青空文庫